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風のごとく駆け抜けて

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紘子が先頭を引っ張ったまま、トラックを1周する。
1周するとあっさりと雨宮桂に先頭を譲り渡してしまった。

「ああ、やっぱり先頭を引っ張るのはきつかったのか」
麻子が応援をしながら悔しそうな声を出す。

でも、私はちょっと違う意見だった。

「まったく、若宮め。まぁ、良い。駅伝まで待ってやろう」
私が喋る前に永野先生が不機嫌そうな声を出す。
でも表情は少し笑っていた。

どうやら私と同じことを思ったのかもしれない。

今の下がり方は、きつかったから下がったと言う感じではなかった。

現に、いつものように雨宮桂の後ろにぴったりと付く紘子のフォームは綺麗なままだ。普段は後ろをひたすら付いて行くだけなのに、横に並び先頭を引っっぱったかと思えば、今度はいつも通りの走りを始める。

あきらかに紘子には何か考えがあるのようだ。
いや、なにか試したいことがあったと言うべきか。

そんな紘子から今度は紗耶達に眼をやる。
紗耶と梓は相変わらず並走を続け、ホームストレートへと入って来たところだった。

ホームストレートを40m走った所で、紗耶が左手で腰を押さえる。
ちょうどランシャツとランパンの境目辺りだろうか。

まさに、その瞬間だった。

「ばか!! 藤木、止まれ! それ以上走るな!!」
永野先生が、今までに聞いたことがないくらいの大声で叫ぶ。

あまりの声に思わず、耳を手で押さえてしまった。

叫ぶと同時に永野先生は立ち上がり、スタンドの出口に向かってものすごい勢いで走り出した。

あまりの出来事に、私は思わず由香里さんを見る。
由香里さんも「何があったの?」と言わんばかりの顔をしていた。

由香里さんの顔を見ていたから、私はその瞬間を見逃した。

私が麻子の叫びを聞いて、トラックに眼をやった時には、ゴールライン直前のフィールド内に腰を手で押さえたまま、紗耶が倒れていたのだ。

「ねぇ、どうなったの? なんで紗耶が倒れるのよ」
「聖香、見てなかったの! 紗耶が腰を押さえたまま、いきなりその場に立ち止まったのよ。それで2、3歩フィールドの方によろけ、そのまま倒れたの。ねぇ、紗耶どうしちゃたのよ!!」

紗耶の周りに役員が集まり始め、担架が運ばれて来た。
と、永野先生も競技中の選手がいないことを確認してフィールド内へと走って行く。

「聖香、行くわよ。アリスと朋恵はこの場にいて!」
言うと同時に麻子は私の手を引っ張り、先ほど永野先生が走って行った方角へと走り出す。

私と麻子が玄関口まで行くと、紗耶が担架で運ばれ来た。

「紗耶、大丈夫? ねぇ、紗耶!」
麻子が必死に叫ぶも、腰が痛むのだろうか。
紗耶は苦しそうな表情のまま、短い呼吸を繰り返すだけだった。

「お、湯川に澤野。ちょうど良かった」
息を切らしながら永野先生がやって来る。

「すまんが、私の荷物と藤木の荷物をここに持って来てくれ。今から藤木を救急車で病院に運ぶ。私も付いて行くから。それと由香里に、後のことお願いって伝えておいて」

「あの、紗耶は大丈夫なんですか?」
麻子が永野先生に詰め寄る。
あまりの勢いに、私は麻子を後ろから抱きしめるような形で引き離そうとする。

「正直わからん。とりあえす、今は自分で立てないみたいだ。だからこそ、早く医者に見せたほうがいいと思うんだ」
永野先生の言葉を聞いた瞬間、抱きしめていた麻子の体から力が抜けて行くのが分かった。

私は、その場に麻子を残し、2人の荷物を取りに行く。

事情を話すと由香里さんも玄関口まで一緒にやって来た。

由香里さんが永野先生とやり取りをしている最中に、救急車がやって来て紗耶を乗せて行く。

永野先生も自分の車ですぐに病院へと向かって行く。

「麻子。戻ろう」
玄関の外にある石段に座っていた麻子に声を掛ける。

「紗耶……。なんであんなことに」
「分からない。でもきっと大丈夫だよ。ほら、元気出して麻子。キャプテンでしょ」

 キャプテンと言う私の言葉に反応し、麻子も「そうだね」とつぶやき、みんなの所へ向かって歩き出す。

自分で自分を卑怯者だと思った。
キャプテンと言う言葉を出せば、麻子が奮起すると知っていたから。

でも、それを利用してでも、麻子に落ち込んで欲しくないと思ったのだ。

正直、落ち込んだ麻子を見たくないと言う気持ちが、自分の心の片隅にあったのだと思う。

スタンドに戻ると紘子と梓が戻って来ていた。
当然のように2人とも事情を知っているようだ。

「うちの横で紗耶先輩が倒れたんです。競っていたらいきなり、『痛い』と言ってそのまま……」

説明する梓の顔は血の気が無かった。
私達と一緒に戻って来た由香里さんが、梓をペンチに座らせる。

「とりあえず、藤木さんには綾子がついているから。綾子に任せましょう。えっと、若宮さんは表彰があるのよね? 大和さんはダウンに行けるかしら?」
由香里さんが尋ねると梓は力なく頷く。

「那須川さん、大和さんについて言ってあげて。それから湯川さんとブレロさんは3000mの記録を取って来てくれるかしら。あと、澤野さん留守番よろしく。私は、競技役員に色々聞いて来るわね。綾子が学校に提出する書類とかがいるかもしれないし」

正直、由香里さんがここまでテキパキと指示を出す姿が少し意外だった。
いつもなら永野先生が全部指示を出して、由香里さんは「まったく綾子は」とか愚痴りながら、車を出してくれるイメージしかなかったからだ。

紘子の表彰が始まっても誰1人戻って来ておらず、荷物から離れられない私は、遠くから紘子に拍手を送るだけだった。

表彰から帰って来た紘子にそれを謝ると、不思議そうな顔をしていた。

「別に、謝ることじゃないですし。まぁ、誰も写真を撮ってくれなかったのは寂しいですけど。あ、聖香さん2人で撮りませんか」

言うと同時に紘子はデジカメを取り出していた。
周りに誰もいなかったため、紘子が左手に賞状、右手にカメラを持ち、横に私が並んで自分撮りをする。3枚目でようやく綺麗に撮ることが出来た。

「そう言えば、聖香さんと2人で撮るのは初めてですね」
「そうだっけ? あまり深く気にしたことなかったけど。よく覚えてたわね」
私が聞くと紘子は「まぁ、それはそうですよ」と笑っていた。