風のごとく駆け抜けて
800mのタイム決勝は全部で5組あった。
朋恵はその4組目だ。
ちなみに6レーンからのスタートとなっていた。
スタートと同時に朋恵は元気よく飛び出す。
「朋恵にしては随分と積極的に行くじゃない」
「うん。行きの車で、何も考えずに最初から飛び出した方が良いよってアドバイスしたから」
麻子の疑問に答えると、なぜかため息をつかれてしまった。
「そりゃ、普通の人にはそれで良いかも知れないけど、朋恵の場合は前半抑えさえた方が良かったんじゃないの」
「甘いわよ、麻子。中距離種目において、勝負に徹する時は最初から全力で行くべきよ。その方が自分のペースでレースを進めることができるもの。あ、ほら見て朋恵いい感じ」
私の顔を見ていた麻子に、トラックを見るように手で催促する。
朋恵は100mほど走り6レーンからインコースへと入って行くところだった。なんとこの時点で2位に着いていた。前半から良い滑り出した。
「てか、アリスが知る限りですけど、なすみー随分とスピードが付いた気がするんですけど」
「まぁ、3000mでも今や10分15秒だからね。スピードも付いて当然よね。部内で一番遅いとはいえ、学校によっては十分レギュラークラスだもの」
麻子の言うことはもっともだと思う。
と、それを聞いていた永野先生が吹き出した。
「湯川、知ってるか? 那須川、前回のテスト学年1位だぞ。大和妹はまぁ規格外として、勉強なら部内でもエリートだからな。多分、那須川も思ってるだろうな。湯川さん、部内だと一番頭が悪いけど、それは桂水高校が進学校だからであって、他の高校なら……って」
「失礼な! 朋恵は絶対にそんなこと言いません。それに、なんで例えがあたしなんですか」
と麻子は周りを見渡す。
「あれ……。あたしより成績が下の人が、見当たらない気がする。ほんとに、なんで聖香があたしより成績上なのよ。こう言うのは聖香の役目でしょ」
「いやDNSを、『英語が苦手だから分からない』とか言う人には言われたくないわよ」
私の意見にみんなは大笑いする。
麻子も思うところがあったのだろう。
何も言い返せずにいた。
バカなやり取りをする間に先頭が1周して来る。
朋恵は2位のまま力走していた。
表情こそきつそうだが、フォームはしっかりと安定しており、見ていて安心できる走りだ。
私達は大声で朋恵を応援する。
その途中でラスト1周を告げる鐘の音が鳴るが、その鐘の音に負けないくらいの声を出す。
残り300mの所で一度朋恵は3位に落ちる。
しかしラスト200mでもう一度2位へと上がり、必死に走りぬいてそのまま2位でゴールした。
続けて行われた最終組5組目は、私が棄権したため7名の出場だ。
「なんか不思議な光景よね」
麻子が言いたいことは分かる。私自身も同じ気持ちだ。
800mタイム決勝最終組。基
本的には一番速いメンバーが集まる組だが、そこに蛍光オレンジのユニホーム、つまりは城華大付属のメンバーが誰もいないのだ。
今回城華大付属は、3000mに雨宮桂、工藤知恵、山崎藍子。
1500mに貴島由香、1年生の三輪なずなと言う子がエントリーしているのみだった。
多分、これにえいりんを加えたメンバーが、補員を含めた城華大付属の駅伝メンバーなのだろうと推測される。
私が棄権し、城華大付属がいなければ、いや正直に言うと城華大付属がいたとしても、この時点で毛利千鶴の優勝は決まったようなものだった。
千鶴はスタート同時にものすごい加速を見せる。
100m走り、インコースに入る時にはすでに断トツでトップだった。
入りの400mを63秒で千鶴が通過するとスタンドから歓声が起こる。
「うわぁ……。千鶴ってすごいね。歓声がこんなに」
ゴールの真上あたりに陣取っているので、そこから振り返るとスタンドが良く見えた。
私は桂水高校の中では一番前に座っていたので、みんなの顔も良く見えたのだが、みんな私の方をじっと見ていた。
「せいちゃんが清水さんと1500mで競り合った時は、今以上にすごい歓声だったんだよぉ」
「そもそも澤野。お前が日本選手権の3000m障害に出場した時のラスト100mなんて、この何十倍もすごかったぞ」
紗耶と永野先生に立て続けに指摘される。
いや、そうは言われてもトラックを走ってる本人からすると、なかなか聞こえないものなのだ。
ましてや、ラストスパートの時などは。
先ほどの予告通り、千鶴は2位に大差を付けて、圧勝してしまった。
これにはさすがとしか言いようがない。
「優勝か……」
「どうしたの? 麻子?」
「いや、別に」
なにか思うところでもあったのだろうか。
麻子は千鶴を見て少しだけ考え込んでいた。
しばらくすると朋恵が戻って来る。
「ともちゃん、すごいんだよぉ。組で2位なんて」
「いえ……。さっき確認したら総合では11位でした。しかも同じ組の人が言ってましたが、今年は800mに強い選手がほとんど来てないそうですから」
朋恵は紗耶に言われて慌てて否定する。
「まったく那須川は。総体の時にも言っただろ。メンバーとかは関係ないんだよ。お前が頑張った結果が組2位なんだから。それに初めての800mでよく走ったじゃないか」
「それが……。もう無理です。私、ここまで階段を登って来るのも必死でした。今800mを走っただけで脚が動かないんです。やっぱり私は距離が長い方が良いです」
「まぁ、そうだろうな。一応その確認のために、今回はわざと那須川を800mに出場させたんだ」
永野先生は笑って朋恵に事情を説明していたが、朋恵の方は少しショックを受けたような顔をしていた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻