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風のごとく駆け抜けて

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私が部活に復帰して3日目。

永野先生に言われ、私は急遽1000mを一本やることになった。

時計を付けず、途中のタイムをいっさい気にせず全力で走りきる。
走った感じは、それなりにタイムは出た気がしていた。

でも、永野先生に言われたタイムを聞いて愕然とする。

もちろんベストタイムが出るとは思っていなかったが、まさかベストよりも30秒も遅いとは思わなかった。

1年生の時に県駅伝1区6キロを走ったが、その時の1キロ平均よりも今の1000m1本の方が遅かったのだ。

「まぁ、焦るな。フォーム自体は崩れて無かったから問題はない。これから何度も心肺機能に刺激を入れて行けば、タイムも自然と上がっていくさ」

永野先生は優しくフォローしてくれるが、自分の中ではかなりのショックだ。

でも、こればかりは仕方ない。
前へしっかりと進むと決めたのだ。

落ち込む暇があったら前へと進む努力をしよう。
それにこの道が平坦では無いことは分かっていたはずだ。

その日の練習終了後に、県高校選手権のエントリー種目の発表があった。

3000mに紘子、梓、紗耶。
1500mに麻子とアリス。
800mに朋恵がエントリーされる。

「あの……。800mって。私走ったことないですよ」
朋恵は自分のエントリー種目を聞いて怯えるような眼をしていた。

まぁ、朋恵は高校から始めたのだし、出るたびに初めての種目になるのも仕方ない。

とは言え、各種目学校から3名のエントリーが出来ると言うことは1500mの枠が一つ空いているはずだ。

なのにあえて朋恵を800mに持って行く辺り、永野先生にもなにか考えがあるのだろう。

県高校選手権のエントリー発表から大会当日までは、順調に日々が過ぎて行く。

私が何度も地獄を見た以外は……。

ある日は、全力で1000mを走り倒れていたところに、「澤野、急遽3000mを1本追加な」と永野先生から声を掛けられ、失神するかと思った。

1000m一本で終わりと思っていたのに急遽3000mが追加された時の絶望感と言ったら……。

中学生の時にお年玉の入っていた財布を落とした時以上のものだった。

またある日は、「澤野、天気がいいから今日は城壁山の山頂まで全力走だ」といきなり言われる。

山頂まで約4キロ。
ゴールしたら酸欠で倒れた。

永野先生はいつも、ポイント練習のみ当日まで一切内容を教えてくれなかった。

一度理由を聞くと「レースと言うのは常に何がどうなるか分からないからな。練習でいきなりこれをやれと言われ、走りきることで、そう言う感覚をほんの少しでもいいから戻して欲しいんだ」
と答えてくれた。

やはり永野先生は常に色々と考えてくれている。
本当に有り難いと思う。
 
そして県高校選手権当日。
朝5時に私はグランドに来ていた。

「よし澤野。アップをして8000mのビルドアップ走な」
この日、私はみんなの集合時間前に練習をすることになっていた。

「いいか、今日明日、澤野は競技場で絶対に走るな。宿泊所の付近でもだ。城華大付属の連中に走る姿を見られると困るんだ」

「あの……。私の走りってそんなにまずいですか?」
走りを見せれない程に、私の体力は落ちているのだろうか。
私の心に分厚い雨雲が湧き出して来る。

「いや。そんなことは無いぞ。むしろ私が考えていた以上に、走力が回復してると思う。ただな、敵にどんな小さな隙も見せたくないだけだ。澤野の調子が良くないって聞いただけで元気になりそうな人間が何人かいるだろ?」

一瞬で雲は消えてしまった。
ただ、そうは言われても私の頭には誰も浮かんでこない。

永野先生も不思議そうに私を見る。

「いや、いるだろ。山崎藍子とか市島瑛理とか」
言われて私が手を振って否定すると、永野先生は首を傾げる。

「彼女達は私が不調だったら絶対に怒るタイプですね。不調のあなたに勝っても嬉しくないとか言いそうです」
私が笑うと永野先生も笑いだす。

「なんとも良い仲間を持ってるんだな。さぁ、アップに行って来い」
その言葉を受け、私はまだ暗がりのグランドを走り出す。

薄暗い中1人でやるポイント練習は、なんともきつかった。
それでも一応は、設定されたペースで走り来ることが出来た。

もちろん、設定自体が夏休み前に比べて遅く設定されているのだが……。
それでもきちんと走れたことは多少自信になった。