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風のごとく駆け抜けて

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葵先輩が給水をして、座ってスパイクの紐を解いていると、その横に誰かが座って来る。

その相手を見て私は驚いた。
なんと今優勝したばかりの宮本さんだった。

「葵、高校に入っても頑張ってるのね。昨年は見なかったから、どうしてるんだろうって思ってたけど」
「あ、加奈子先輩、お久ぶりです。相変わらず速いですね」

2人が普通に会話してるのにさらに驚く。

「あ、こっち中学の時の一つ上の先輩で、今は城華大付属3年生の宮本加奈子さん」
私に宮本さんを紹介してくれる葵先輩。

「で、加奈子さんこっちが」
「昨年、県中学ランキング1位になりながらも、城華大付属の推薦を蹴り、一時期は引退説まで流れたのに、どう言ったわけか桂水高校の陸上部に入部した澤野聖香。でしょ?」
葵先輩が私を紹介しよとすると、宮本さんがスラスラと語り出す。

「加奈子さん、陸上部じゃ無くて駅伝部ですよ」
そこに大きなこだわりがあるのか、葵先輩が即座に修正を求める。
いや正直に言うと、私も駅伝部と言う響きがかなり気に入っているのだが……。

「まったく。藍子だけじゃなく澤野と市島もいれば、今年は全国優勝も夢じゃなかったんだけどなぁ」
どうも宮本さんは私だけでなく、えいりんのことも知っているようだ。
きっと、私達の学年のことも調べているのだろう。

葵先輩がシューズを履き替えると、宮本さんにあいさつをして私達はみんなのいる場所へ戻る。

戻りながら、今のレースについてや、葵先輩の走りについてお互いの意見を交換をする。

「2人ともお疲れさん。大和、初3000mながら良い走りだったな。落ち着いた走りが出来てたぞ」
葵先輩は永野先生の一言に照れながらもお礼の言葉を返す。

「本当にすごかったです大和先輩。見てて感動しました」
晴美が笑顔で微笑むと葵先輩はますます照れる。
それを誤魔化すように、そそくさとダウンジョグへと出かけてしまった。

その間に私は、ラップのまとめ方を聞いて来た晴美に色々とやり方を教える。

この一ヶ月半で晴美もすっかりマネージャー業が板に付いており、教えることもほとんど無かった。

先ほども思ったが、晴美はマネージャーとして、短期間で大いに成長しているようだ。

少したって葵先輩がダウンから戻って来ると、今度は永野先生が、「ちょっと用事があるから席外すな」と言い残して軽い足取りでどこかに行ってしまう。

部員が全員が揃ったところで、私はあることを思い出した。
駅伝部の発足した経緯について先輩方に聞こうと思っていたのだ。

それを言おうとしたまさにその時、私達が座っている場所より3段上の通路から男性の声がする。

「すいません。桂水高校の生徒ですよね。永野綾子さんはどちらにおられますか」
 髪には随分と白髪が目立ち、白いポロシャツ一枚の上半身はビール腹なのだろう、少しお腹が出ていた。だが、それすらも全体の雰囲気に合っていると言いたくなるくらい、表情も優しそうな男性だ。

その男性の一言に葵先輩が対応する。
永野先生がいないと分かると、男性は名前も告げずに立ち去ってしまう。

みんなは、誰だろうと不思議そうにしていたが、私はその男性が誰か知っていた。一度会ったことがあるからだ。
でもそれを言いだせないでいた。

しばらくして、永野先生が戻って来る。

「永野先生、お客さんが訪ねて来ましたよぉ。白髪の人」
「なんか、かなり年配の男性でした。体型のふっくらした感じかな」
「先生の父親とかですか。優しそうな雰囲気でした」

私以外の1年生が説明をしようとするが、永野先生に上手く伝わらず、先生は首を傾げていた。

そんな状態に私はため息をつく。
その男性が誰であるかはっきり分かってるので、私が一言言ってしまえば良いのだが、最初は躊躇してしまった。

でも、みんなを見ていたら、そんな自分がバカバカしく思えて来た。

別に落ち込むことは無い。
色々あったのは事実だが、今はこんなに素敵な仲間がいるのだから。

「永野先生。ここに来たのは、城華大付属の阿部監督ですよ」
 私の一言にみんなが一斉に私の方を向く。

「聖香、知ってたの?」
葵先輩は、ハトが豆鉄砲を食ったような顔で私を見る。

その表情を見て笑いそうになるのを堪えながら、私は頷く。

「そんな人にいつ会ったことがあるわけ?」
麻子が不思議そうな顔をするので、推薦の話があった時のことを説明する。

一瞬、麻子がそれを聞いて気まずそうにするが、「私はこの駅伝部に入れてよかったと思ってるから別に後悔も未練も無い」と素直に気持ちを打ち明けると、「そっか」と笑顔で頷いてくれた。

私の一言で永野先生があたふたと携帯を取り出し、電話をし始め、またどこかに消えて行った。