風のごとく駆け抜けて
「そう言えば、なんで永野先生と城華大付属の監督さんが知り合いなのかぁ」
「言われてみればちょっと不思議かな」
紗耶と晴美が2人して疑問を口にする。
「まぁ、同じ県の陸上関係者なんだし、接点は色々あるでしょ。綾子先生も駅伝部の顧問になってまだ四ヶ月だし、色々な人からアドバイスを貰ってるのかもしれないしね」
葵先輩の一言に、私は部の設立にいたった歴史を聞こうとしていたことを思い出した。
それを葵先輩に説明すると、先輩は笑いながら久美子先輩を見る。
「べつに説明してもかまわない」
久美子先輩はさきほどの800m予選の疲れか、いつも以上にだるそうだった。
「じゃぁ、簡単に説明するわね」
その一言に私を含め1年全員が何度も頷く。
「本当の意味での一番最初って、うちと久美子が出会った所から始まるのよね。実は久美子、高校入学前に桂水市にやって来た転校生なのよ。元は関東にいたんだよね」
「そう。実は東京出身」
久美子先輩が静かに右手でVサインを作る。いったいどんな意味があるのだろうか。
「でね、高校入学直前にうちの実家に来たわけ」
「葵の実家は内科。駅前にある大和内科医院がそれ。しかも両親ともに医者」
その事実に、1年全員が驚愕の声を上げる。
晴美にいたっては、そこまでの驚きの声を聞いたのはいったい何年ぶりだろうか? と言うくらい大きな声を上げていた。
「あたし、小さいころよく行ってました。葵さん医者の娘だったんですね」
「私は今でもたまに行くかな。大和先輩、将来は医学部に行って家を継ぐんですか」
「桂水市民ではないわたしですら知ってますよぉ。駅近くにある、個人経営にしては大きな病院ですよねぇ。家がものすごく豪華な」
みんな感想を述べながらも、無意識に質問をしている。
葵先輩も几帳面な性格なのか、
「医者の娘って、親が医者なだけで、うちはただの高校生よ。それに、医者を継ぐ気は無いわね。まぁ、妹が医者になりたがってるから、問題は無いんだけど。うちはやりたいことがあってそれについて詳しく調べてる最中かな。あと、家が豪華かどうかは個人の感想だと思うけど」
と聞かれたことにすべて返答していた。
そのせいで会話は一時脱線してしまう。
「とにかく、久美子がうちの家を受診した時に、母が診察したらしくて……。なぜか会話が弾んだみたいなのよね。久美子が入学する高校と、長距離経験者ってことを言ったら、うちのことを喋ったみたいなの」
「それで自分が葵に興味を持った。入学式ですぐに見つけた」
「そうなのよ。久美子たら入学式の時に、うちにいきなり声を掛けて来たんだから。理系クラスの後ろが偶然久美子のいた1組だったってのも幸運だったんだけど。で、お互い走ることが共通してたから陸上部に入ろうとしたら……。無いのよね陸上部」
どうやら葵先輩は、桂水高校に陸上部が無いことを知らなかったらしい。
「さすがにあの時は笑ったわ」
「自分は別にどっちでもよかった」
「そう。久美子ったら、さっきも800mであんな記録出してるのに、走ることに興味があっても部活には興味がないって言う変な性格なのよ」
葵先輩が笑いながら久美子先輩の肩を叩く。
「それで、まずは陸上部を作ろうってことから始まったんだけど、なぜか学校の許可が下りないのよ。うちも詳しいことは分からなかったんだけど、人数の問題じゃなくて、陸上部はダメって感じで。なんでも、数年前に何か事件があったらしくて、うちの学校、陸上部は無期限部活停止状態らしいのよね」
私はもちろん、他の誰もが初めて聞く事実に驚きの声を隠せなかった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻