風のごとく駆け抜けて
牧村さんも見ている中で、私達は3000mのタイムトライを行う。
さすがに合宿中と言うこともあり、脚の動きはかなり悪かった。
元気いっぱいの宮本さんにまったく付いて行けず、終わってみれば20秒近い差が開いていた。
いや根本的に、宮本さんは9分20秒で走りトップだったのだが。
あの紘子が城華大付属の雨宮桂以外の相手に負けている姿を初めて見た。
紘子自身は合宿の途中ということもあるせいか、負けたことについてはまったく気にしていなかった。
そして、こんな状況にもかかわらず、朋恵は今回も3000mで自己ベストを出していた。
10分15秒。
あの朋恵がこんなにも早くなるなんて、一年前は想像もしていなかった。
本当に朋恵はこつこつと努力をしてる。
「牧村さん。どうでした?」
「そうね。収穫は十分ね。澤野が昨年以上に強くなってて安心した。やっぱり無理を言って、S級推薦枠を今年は特別に一つ増やしておいて良かった」
嬉しそうに話す牧村さんを見ると心が痛かった。
どうあっても私は明彩大には進学するつもりはないのだから。
そんな牧村さんを見て永野先生が一瞬だけ、してやったりと言った表情になったのを私は見逃さなかった。
「牧村さん。残念ながら、大きな勘違いをしています。澤野は明彩大には進学しません。先日、澤野ともきちんと話をしましたが、自分の夢のために一般入試で大学を受けるそうです。仮に大学に受からなかった場合、舞衣子が監督をしている熊本の実業団に行きたいそうです。舞衣子も澤野が来たいと言うなら、それが3月でも枠を空けてくれるそうです」
それを聞いて牧村さんがあきらかに不機嫌になる。
「永野。あんたなんで私をここに呼んだわけ。私はてっきり澤野を取れると思って来たのに」
「まぁ、落ち着いてください。ところで今先頭を走った子、誰か知ってます?」
「いや。ちょっと気にはなってたけど、あれ誰。あきらかに高校生じゃ無いでしょ。あそこまで髪を染めている高校生なんていないし」
言われて体操をしている宮本さんを見る。
麻子と紘子がすっかり宮本さんに懐いており、楽しそうに話をしていた。
「元城華大付属の宮本って言うんですけど分かりますか?」
永野先生の質問に牧村さんは、「あぁ」と言う表情になる。
「うちの小宮が高校生の時に、都大路で競り合ったと言う子ね。てことは城華大か。でも昨年の全国駅伝では見なかったけど。故障中だったのかしら。まぁ、今の走りを見る限り今年はレギュラーで出てきそうね。うちに欲しいくらいに良い走りをするわ」
牧村さんの考察に永野先生は笑い出す。
「牧村さん。勘違いしていますが、宮本は色々あって城華大には進学しなかったんですよ。入学式直前で入学を蹴ったんです。今は桂水市の文房具店で働いています。いわゆる市民ランナーってやつですね。で、話を戻しますが、先ほど澤野のために推薦枠をひとつ増やしたって言いましたよね。あとは分かりますよね?」
永野先生の説明を聞くと今度は牧村さんが吹き出してしまった。
「あんた、とんでもない策士ね。昔はあんなに素直な子だったのに。まぁ、いいわ。あんたの策にはまってあげるわよ。と、言うよりこんなチャンス二度とないだろうしね」
牧村さんの言葉を聞いて、永野先生は「どうもすいません」と言った感じで頭を軽く下げる。
「ねぇ、宮本さん。ちょっといいかしら」
牧村さんが宮本さんに手招きをする。
突然呼ばれて驚きながらも、宮本さんがこちらにやって来る。
何事かと思ったのか、紘子と麻子まで付いて来た。
「初めまして。私、明彩大の陸上部監督をやってる牧村里美です」
「初めまして。明彩大と言うと小宮がいるところですね」
「あ、うちの小宮を知ってるんだ。だったら話は早い。あなた、うちの大学に来ない? あなたが来たいと言うなら、S級推薦をあなたに使うわ」
牧村さんの発言に宮本さんはもちろんのこと、私達も驚きの声を上げてしまう。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻