風のごとく駆け抜けて
3日目の午前練習は1000mのインターバルだった。
1000m走って200mをジョグで繋ぎ、また1000mを走る。
これを10本だ。
恵那ちゃんは10本のうち最初の5本を走ることになった。
恵那ちゃんの本数が私達の半分だったこと。
私達は合宿3日目で疲労がずいぶん溜まっていること。
それらが大きく影響しているのも事実だが、それを差し引いても恵那ちゃんの走力はずば抜けていた。
信じられないことに3本目までは紘子に付いて行き、残りの2本は紘子に離されてしまったものの、私と競り合っていた。
私はこのインターバルを走っている時に、やっぱり永野先生と恵那ちゃんは姉妹なんだなと強く思っていた。
年齢が22歳も離れているせいか、容姿は何となく程度にしか似ていないが、走る姿はそっくりだった。
私の前を走る恵那ちゃんの走りは、1年生の時に見た都大路を激走する永野先生とまったく同じ走り方をしていた。
おかげで私は、高校3年生の時の永野先生と一緒に走っている感覚に陥っていた。
そのせいか5本目にいたっては、恵那ちゃんが私の前に出ようとし際に、私も負けまいとして競り合いになってしまう。
自分の中では恵那ちゃんと言うより、当時の永野先生と競っている気分になり、後のことを考えず体力を使ってしまった。
そのせいでその後があまり走れず、永野先生から容赦ない言葉が飛んできた。
インターバルが終わると、恵那ちゃんはヒーローだった。
「すごいよぉ。本当にすごいんだよぉ、恵那ちゃん」
「いや、正直あたしと競うくらいかと思ってたけど、とんでもなかったわ」
紗耶と麻子が真っ先に恵那ちゃんのところへ走って行った。
「でも、私は本数が半分ですし、昨日も軽めのジョグでしたから」
あまりにみんなが褒めるものだから、恵那ちゃんは必死で謙遜していた。
練習が終わると、恵那ちゃんも一緒に昼食を取る。
昼御飯は大皿で色々なおかずが盛り付けられていた。
全部で6皿あるので、どれから食べようか迷ってしまう。
合宿3日目ともなると体も多少慣れて来るのか、昨日までに比べて随分と食欲もあった。
「おい、恵那。なんでお前はわざわざ遠くの皿からおかずを取るんだ?」
永野先生が不機嫌そうに恵那ちゃんを見る。
言われて恵那ちゃんを見ると、確かに目の前のお皿からは一切取らずに、わざわざ遠くにあるお皿に手を伸ばしておかずを取っていた。
「だって、私の眼の前にあるのって、綾子お姉ちゃんが作ったやつじゃん。私は晴美さんが作ってくれたおかずが食べたいの」
喋り終わった口に、取ったばかりのおかずが運ばれて行く。
恵那ちゃんの発言に私達は思わず顔を見合わせる。
隣にいたアリスと眼が合うと「どのおかずを誰が作ったのか全く分かりませんよ?」と眼で訴えていた。
「恵那ちゃんは随分と永野先生が大好きなのね。てか、そうじゃなきゃ合宿に来ないか。うちも姉がいるけど、そんなに姉が好きってちょっと羨ましいなって思う」
梓が恵那ちゃんを見てニコニコしていた。
そんな梓を見て晴美と紘子が吹き出す。
そりゃそうだろう。
恵那ちゃんが永野先生を好きなのも確かだが、それ以上に梓の葵先輩好きも相当なものだ。
自分では気付かないものだなとしみじみ感じながら、私は恵那ちゃんの眼の前にある皿からおかずを取る。
せっかくなので永野先生が作ったおかずも堪能しようと思ったのだ。
食べてみると非常に美味しかった。
恵那ちゃんも食べれば良いのに……。と思っていたら、みんなが話に夢中になっている間に、目の前の皿から大盛りにおかずを取っていた。
「なんとも素直じゃないですし」
「アリスもあれくらいの時は、あんな感じだったなぁ」
どうやら紘子とアリスもそれをしっかりと見ていたらしく、2人で笑っていた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻