風のごとく駆け抜けて
「そうだね。4月くらいから練習をめちゃくちゃ頑張るようになったかな」
晴美の一言に私は、「そう言われてみればそうか」と思ってしまう。
最近は紗耶が頑張っているのが日常化してしまっていたが、確かに紗耶が変わったのは4月からだと思う。
さすが晴美。マネージャーとしてみんなをよく見ている。
「じつは紗耶、ここ数ヶ月、家でも朝練で走ってるんだよね。あと、週に3回くらいは部活から帰ってもまた走りに行くし、そうじゃない日はめちゃくちゃな量の筋トレをしてるんだよ。多分、去年の駅伝が原因だとは思うんだけど……」
亜耶の発言はまさに寝耳に水と言った感じだった。
普段の練習だけでなく、家でもそんなにやっていたとは。
ただ、その理由となった原因は……。
「あの時、競技場に帰って来てから紗耶はめちゃくちゃ泣いていたからね」
私は昨年の駅伝を振り返る。
もちろんあの時はみんなが泣いていた。
その中でも紗耶は人一倍泣き、そして誰よりも責任を感じていた。
けっして紗耶1人のせいで負けたわけではないのだが。
「紗耶が責任を感じる必要はないと思うかな。紗耶はしっかりと頑張っていたんだし」
晴美の発言を肯定するように私も頷く。
亜耶もそれを聞いて「だよね」とため息をつく。
「でも紗耶はさ、そう思ってないみたいで。ほら、葵先輩だっけ? あの先輩が卒業されてからは特に。家でも今年こそは絶対に都大路に行くんだって、駅伝の失敗は駅伝でしか取り戻せないからって何度も言ってるから」
「うーん。部活だと都大路に行くんだってことは言ってても、失敗を取り戻す的なことは一切言ってないわね。むしろ紗耶がチームの明るさの原点って感じだけど」
私の発言に今度は晴美が頷く。
「そっか。まぁ、元気に走ってるなら問題ないのかなぁ。あ、このことは紗耶には内緒ね」
言われるまでもなく、私も晴美も紗耶には言う気になれなかった。
あの高校駅伝。
紗耶は確かに差を詰められたが、先頭を守り切ったし、3000mのべストに近いタイムで走ったのだ。
あれはもう、城華大付属の西さんを褒めるしかないと言う状況だった。
少なくとも私はそう思っていたのだが、紗耶からしてみれば、そんなに簡単なことでは無かったのかもしれない。
と、私はあることを思い出した。
「そうだ。亜耶に聞きたいことがあったんだ」
「なになに? なんでも聞いて」
なんだか嬉しそうに亜耶が私に迫って来る。
「いや、どこから説明したもんかな……。昨年亜耶がうちの高校に来た時の話なんだけね……」
私が説明に困っているのとは対照的に、亜耶は何度も頷きながらじっとこっちを見る。
まるで餌を貰えるのが嬉しくて待ちきれない犬のようだ。
「紘子のこと、どうして分かったのかなって?」
どうも意味が伝わらなかったらしく亜耶は首を傾げる。
やっぱりきちんと言わないと駄目なのか。
「いや……。だからさ……。なんで紘子の好きな人が私だって分かったのかなって。まぁ晴美も最初から気付いていたみたいなんだけど」
なんだか自分で説明するのも恥ずかして私は顔を赤くする。
「ああ、思い出した。てか、あの子の好きな子ってせいちゃんだったんだ」
なぜか亜耶が目を丸くしている。
あれ? 紘子は確か亜耶も知っていたと言っていたらしいが。私も晴美からの又聞きなのでどこかで話が変わったのか?
「聖香。非常に言いにくいのだけど、私の説明が悪かったかな。紘子が言うには亜耶は相手が誰かまでは知らなかったらしいかな」
晴美がものすごく気まずい顔をしていた。
「好きこそものの上手あれって言葉があるでしょ。ちょっと意味違うけど、それに近い感じね。紗耶も家でよく話してるけど、陸上部の人ってシューズの重さを10グラム単位で気にしたりするのよ。わたしみたいな素人からすれば、10グラムの違いなんてまったく分からないんだよね。同じような感じでさ、私と紗耶を初対面で見分けるくらいだから、紘子ちゃんきっと女の子大好きなのかも? って鎌をかけたら当たっただけなんだけどね。友達に前例があったからってのもあるけど。まさか相手がせいちゃんとは」
亜耶はなんだか嬉しそうににやにやしていた。
しまった。興味本位から聞いたら、やぶへびだった。
亜耶には今後の部活のこともあるので、絶対に紗耶には黙っていて欲しいとお願いをする。
亜耶にはその分色々なことを詳しく聞かれ、紘子に告白されたこと、今は普通に部活の先輩後輩であることだけを説明しておいた。
さすがに、あの場の雰囲気に流されたのと紘子の泣きそうな顔を見て、思わずキスしてしまったのは内緒だ。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻