小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

風のごとく駆け抜けて

INDEX|231ページ/283ページ|

次のページ前のページ
 

高校最後の夏合宿


7月に入ってからあきらかに駅伝部のみんなはテンションが低かった。
理由は簡単だ。夏合宿が目の前に迫って来ているからだ。

「みんな、テンション低すぎですから」
「アリスはあの合宿を経験してないからなんでも言えるし」
「あれは……本当に地獄でした。しかも、私はずっと別メニューで走り込み……」

朋恵は何かを思い出したのだろうか。
涙目になって震えだした。

「もう。まったくなさけない。駅伝前の大切な合宿でしょ。気合いを入れて前向きに行くわよ。今年こそ都大路に行くのよ! 私達3年生にとっては最後の駅伝なんだから」

麻子がキャプテンらしく、みんなに気合いを入れようと声を出す。

「さすが麻子ね。随分と良いこと言うじゃない。で? 本音は?」
私が質問すると、麻子も朋恵同様震えだし一言だけつぶやく。

「夏休みなんて……来なくていい……」
あ、やっぱり麻子もダメだったか。

「そう言えば葵姉から伝言で、今年は忙しくて合宿には顔を出せないそうです」
私達に伝言を伝える梓も、随分とテンションが低い。
多分、葵先輩から色々合宿について聞かされているのだろう。

そんな中、永野先生が合宿の要項を持って部室に現れる。

「さぁ、楽しい夏休みのイベントだぞ。嬉しいだろ、お前ら。って……なんで、お前らそんなにテンションが低いんだよ。あれか! 飯か? 私の飯が美味しくないからか?」

昨年、一昨年と誰も何も言っていないのに、永野先生は自分の料理の腕をかなり気にしている。普通に美味しいと思うんだけどな。

要項に眼を通し、一番に声を上げたのは紗耶だった。

「あれぇ? 今年は期間が6日間になってるよぉ。昨年は10日もあったのに」
「紗耶さん、騙されたらダメですし。これ昨年の10日間が幼稚園のお遊戯会に見えるくらい中身が濃いです」
「アリスにもみんなのテンションが低い理由が分かりました。これは……ありえません」

さっきまで元気だったアリスもついに陥落。
がっくりとうなだれている。

「それと澤野」
名前を言われて私は嫌な予感がした。

「お前が進路希望で第二志望に実業団を上げてたので、私なりに気を利かせておいたぞ」
私だけさらにプリントを一枚もらう。
なにごとだろうと、みんなが覗き込んできた。

「熊本合宿?」
「あ、聖香だけまた別に合宿があるんだ」
「今度は実業団とかぁ。やっぱり、せいちゃんすごいんだよぉ」

3年生3人がまるで他人事のように感想を漏らす。
いや、確かに他人事だろうが。

「舞衣子も喜んでたぞ。せっかくの良い機会だ。しっかりと鍛えて貰って来い。あ、ちなみに澤野の両親には今回もすでに了解はもらってある。なんか、ついでに姉のところに荷物を持たせても良いですか? って言ってたので、快く承諾しておいたぞ」

もう、反論出来る余地は一切ないと悟った。
と言うか、うちの両親は、ついでに荷物を届けて欲しいと言うのが大きいのだろう。

「あと、今年はスペシャルゲストが来るからな」
全員が一斉に永野先生の方を向く。

ゲスト? 誰だろう。

この前の日本選手権で出会った菱川さんや原部さんだろうか。
いやさすがに現役バリバリの人が来るのは考えにくい。

「もしかして、ゲストって永野先生の妹とかですか?」
麻子が突拍子も無いことを言い出す。
いくらなんでもそれは……。

「湯川……。オチを最初に言うもんじゃないと私は思うぞ」
永野先生がため息をつく。
あれ? 本当に恵那ちゃんが来るのか。

「まぁ、さすがに全部と言うわけじゃないぞ。3日目と4日目だけ。それもメニューの一部だけだ。なんか800mで全国大会に出場するから、その前に強化練習をさせて欲しいと、恵那の中学の顧問が言って来てな」

「え? 恵那ちゃん陸上部に入ったんですか?」
「1年生でいきなり全国って、かなり速いし」
「私……。恵那ちゃんに勝てないと思います」
麻子、紘子、朋恵がそれぞれ思い思いの感想を述べる。

私も初耳だったが、昨年一緒に出場したロードレースのタイムを見る限り、1年生で全国大会に出場するのも十分にあり得ると思った。

そしてその数日後。今年も夏合宿が始まる。
私にとって高校生最後の夏合宿が。