風のごとく駆け抜けて
スタートしてすぐに1人の選手が飛び出て先頭に立つ。
山崎藍子だ。
藍子が一人先頭に立つと後ろに8人の集団が続く。
その中に葵先輩も含まれている。
それに城華大付属の選手が2人共この集団にいた。
集団がトラックを半周する。
競技場のあちこちから応援が聞こえる。
私達が荷物を置いている場所を見ると、麻子と紗耶、久美子先輩が必死で応援してる姿が見えた。
「葵先輩、良い位置です。落ち着いて行きましょう」
もうすぐ目の前を通過する先輩に向かって、私もありったけの声を出して叫ぶ。
しかし、その声に一番反応したのは山崎藍子だった。
私の声が聞こえたのだろう。先頭を引っ張りながらも、私の方をギロッと見る。
まるで、「あなたそこにいたのね」と言わんばかりだ。
藍子を含めて9人の先頭集団が形成され、その5m後ろに第二集団が出来る。
今のところは2つの集団でレースは動いているようだ。
その後も9人の先頭集団は一塊のまま走り続ける。
トラックを2周する間に、後ろの集団との差が20mくらいに広がっていた。
応援をしながらなので確かなことは分からないが、どうも先頭集団のペースがわずかながらに上がっているようだ。
今のところ葵先輩も7番手でしっかりと集団の中にいる。
このまま頑張って付いて行ってほしい。
先頭が1000mを通過する。ここでレースが動いた。
藍子の後ろに付いていた聖ルートリアと泉原学院が先頭へと出る。
抜かれた藍子がそのまま先頭に喰らい付いて行く。
その後ろにもう1人城華大付属の選手が付く。
これで先頭が4人。
そこから3m開いて、さらに別の城華大付属の選手が引っ張る5人の集団が新たに出来る。
葵先輩はこの集団の最後尾。全体で言うと9番目だ。
見た感じ、葵先輩のペースはさっきと変わって無い。
やはり先頭がペースを上げたのだろう。
葵先輩はスタートから落ち着いた走りをしている。
その証拠にフォームにはまだゆとりがあり、肩も上がっておらず腕も楽に触れていた。
集団が私の前を通過して行く時、3番目を走っていた藍子があきらかにこっちを見た。
「藍子頑張れ! 落ち着いて行こう」
こっちを見て来た藍子に応援で返事を返す。
さっきほど麻子に「仲が悪いの?」と尋ねられたが、けっして私と藍子は仲が悪い訳ではない。
確かに喋ればきつい言葉も出るが、基本的に会えば良く喋るし、中学時代は同じ種目に出れば、えいりんを含め3人でダウンジョグをすることもあった。
まぁそうは言っても、レースとなれば3人とも「負けたくない」と言う気持ちが、まるで炭酸ジュースを振って開けた時のように、ものすごい勢いで溢れて来て、いつも競り合いになっていたが。
私を見た藍子はいったい何を思ったのだろうか。
前を向くと、先頭にたった2人の選手を抜きにかかり、また先頭に立ってみせた。
もしかすると今のは、「さぁ、しっかりと私の走りをみてなさいよ」と言う意味だったのかもしれない。
葵先輩のいる第二集団が私の前を通過する。
葵先輩に必死で声をかけると、その声に反応するかのように集団の最後尾から1人を抜かして総合8位にあがる。
上位8人の順位に変化が無いままレースは進んでいく。
ただ、各選手の間隔に変化が出始めていた。
藍子が引っ張る4人の集団に、第二集団を引っ張っていた城華大付属の選手が追い付こうとしていた。
逆に葵先輩を含めた数人が集団から遅れ始める。
藍子を含めた5人の第一集団と、その後方15mに葵先輩がいる3人の集団が出来上がる。
第一集団5人のうち、城華大付属が3人もいる。
その事実が、いかに城華大付属が県内でも飛び抜けた力を持っているかを体現していた。
葵先輩は必死で頑張っていた。
しっかりと腕を振りながら、前2人に離されまいと踏ん張る。
脚の動きはスタートしたころに比べると重くなっている感じはするが、それでもまだ大丈夫そうだ。
なによりも眼がまったく死んでいない。
むしろ「絶対に負けてなるものか」と言う意志があふれ出ている感じがした。
先頭が5周してラスト1000mになった所でレースが動く。
途中まで葵先輩のいる第二集団を引っ張り、藍子が引っ張る先頭集団に追いついた城華大付属の選手が先頭に出る。
「城華大付属の宮本さんを先頭に、先頭は2000m。この1周のラップは……」
場内アナウンスがラップを読み上げる声が聞こえる。
宮本さんと言う選手は先頭に立つとどんどん後方との差を広げる。
さっきまで先頭を走っていた藍子も負けじと追っているのだが、追いつくことが出来ない。
途中で宮本さんが第二集団にいたことを考えると、最初から後半で仕掛けようと狙っていたのだろうか。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻