風のごとく駆け抜けて
私にああだ、こうだと言いながらも葵先輩はストレッチや体操をこなして行く。
さらにもう一度ジョグに出かけ、流しが終わる頃には最終コールの集合がかかった。
近くのトイレでさっと着替えた先輩がコールに向かう。
荷物を持って私も後に続く。
無事にコールも終わり、先輩が私の所に帰って来る。
「なんか最終コールが終わったら緊張して来た。あまり考えないようにしてたけど、実は高校になって3000mのレースに出場するの初めてなのよね。1年生の3月末に久美子と1500mには出たことあるけど」
葵先輩は独り言のようにつぶやく。
ここで私はある疑問が湧いた。
3月末に1500mに出場と言うことは、駅伝部は4月に発足したのではなくて、もっと前からあったと言うことなのか。
そんな思いが顔に出ていたのだろうか。
「駅伝部が仮部活として発足したのは昨年度の2月よ。そう言えば1年生にはまだ経緯を説明してなかったわね。そうね、うちが3000mを走って無事に帰って来れたら、みんなにも説明してあげる」
葵先輩は追加説明をしてくれた。
「いや、先輩。別に戦場に行くわけじゃないんですから。大概無事に帰ってきます」
私の一言に葵先輩は笑っていた。
「うん。笑ったら緊張も無くなったわ」
葵先輩は私が持っていた荷物を自分で持つ。
ここで先輩と別れることにした。
葵先輩が出場する3000mは第3ゲートからのスタートだ。
私はこのまま第2ゲート付近で応援してゴールの方に向かうことにした。
スタンドの真下がトラックよりも一段低くなっており、そこが通路になっていた。
すでに他校の人間も何人かいる。
きっと私と同じく応援ののためだろう。
どこで応援しようかと、ゴールと第2ゲートの間でうろうろしていると、オーロラビジョンに映像が映る。
この時ふと、山口と熊本ではビジョンの位置が反対なんだと言うことに気付いた。
映像は3組目のスタート前を映し出していた。
すでに選手はトラックに入り、流しなどをしている。
スタートはもうすぐだ。
選手たちがスタートラインに並びだすと、それをカメラが捉えビジョンに流す。
藍子が大きく映った。
先ほど久美子先輩の800mで見たのと同じ蛍光オレンジ一色のユニホーム。
胸の所に黒色で『城華大付属』とネームが入っている。
他にも『聖ルートリア』や『泉原学院』と言った強豪校のユニホームも映る。
ちなみに私がこれらの学校が強豪校と分かるのは、どちらからも推薦が来ていたからだ。
まぁ、今となっては昔の話だ。
次に映ったのは葵先輩だった。
真新しい桂水高校の青と白のユニホームは、やはり光輝いて見える。
そう思いながら、映像を見ていてあることに気付く。
高校総体は各種目に3名までエントリーできるのだが、蛍光オレンジのユニホームが全部で3人いた。
つまり、城華大付属は学校から出場出来る3名全員が3000mで一番速い3組目にエントリーしていることになる。
さすがとしか言いようがなかった。
そして、選手が全員スタートラインに並ぶ。
遠くで聞こえるピストルの音と共にレースが始まった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻