風のごとく駆け抜けて
「それでは、優勝者のインタビューです。初出場の日本選手権で自身の持っている高校記録を7秒更新しての優勝となりました。澤野聖香さんです。どうですか? 今の気持ちを率直に」
アナウンサーが私にマイクを向けて来る。
目の前にはテレビカメラが構えていた。
「はい。こうやってインタビューを受けていると、ああ優勝したんだなって気がします。心のどこかで出来たら良いなくらいには思ってましたが、まさか本当に出来るとは思っていなかったので嬉しいです」
自分で自分の声が上ずっているのがはっきりと分かった。
前回高校記録を出した時もインタビューや取材を受けたが、今回はその数が半端じゃないくらいに多かった。
もしかすると前回の10倍はいるのではないだろうか。
「今日のレース。どこで優勝を確信しましたか?」
「いえ、本当に最後まで気が抜けなくて……。あえて言うならゴール10m前で電動計時のタイムを見た時に、ひょっとしたらと思ったくらいですかね」
私が一言言うたびに、周りにいる記者の人が言葉をメモしていく。
なんだかすごく有名人になった気分だ。
「さて、今後の目標は?」
この質問にだけは、自分でも驚くくらいにスラスラと答えることが出来た。
「部として都大路に出場することです。残念ながら桂水高校は2年連続で城華大付属高校に敗れてしまっているので、今年こそは頑張りたいと思います。私も3年生で最後の年となるので気合いを入れていきます」
インタビューが終わると写真撮影が待っていた。
初めて3000m障害を走った時にも、たくさん撮られたので、こっちは特に戸惑うことなく終了する。
それが終わり着替えると、私は永野先生の所へと戻る。
「永野先生! やりました! 優勝しました!」
私は興奮気味に満面の笑みで永野先生に報告をする。
「いや、ずっとレース見てたから」
私とは対照的に永野先生は冷静に突っ込んできた。
だが言われてみれば確かにそうだ。
先生はずっとスタンドでレースを見てたのだ。
優勝の報告をする必要はなかった。
「それにしても良い走りが出来てたな。優勝したから言うわけでは無いが、1000mを通過した辺りで私は優勝を確信してたぞ」
「え? 走ってる本人からしてみればまったく気が抜けないレースでしたけど?」
「まぁ、原部の動きが随分と硬かったからな。それに比べて澤野は綺麗に動けていたしな」
私は永野先生の言葉を聞きながら、あることを伝えたいと思った。
でも、それには多少の勇気がいる。
私はその勇気を出すためにすっと息を吸う。
「永野先生。今日走ってて思ったんです。今回は随分と永野先生に助けられました。昨日の夜に教えて貰ったことが随分と役にたちましたし、レース展開も先生が予想した通りのものでした。それに何より、わざわざ作ってくれた練習用の障害、あれが本当に役に立ちました。今日優勝したのは永野先生がいてくれたからです。本当にありがとうございました」
私は深々と頭を下げる。
「いや、とりあえず頭を上げろ澤野。そう言うこと言われても照れるだけだから」
言われて頭を上げると永野先生は顔を赤くしながら、少し困った顔をしていた。
「まぁ、私はアドバイスをしただけであって、実際に頑張ったのはお前自身だからな澤野。やっぱり優勝はお前が自分の力で勝ち取ったもんだと私は思うぞ。あと、まだ言ってなかったな……」
永野先生が私の真正面に移動して来る。
「優勝おめでとう澤野。日本選手権初出場で初優勝ってなかなか出来るものじゃないぞ。しかも二度目の高校記録更新だしな。本当に最高の走りだったぞ。お疲れ様」
永野先生に褒められ、私は何と言葉を返して良いのか分からなかった。
先ほどとは逆に、今度は私が照れて顔を赤くする番だった。
永野先生と話をした後で表彰のために私は本部前の待機場所へと向かう。
私が到着するとすでに原部選手が来ていた。
一礼をして私は原部選手の隣に座る。
順位ごとに座るようになっているため、仕方が無いこととは言え、なんとも気まずかった。
そもそも今日の最終コールで初めて会ったのだし、何を喋ったら良いのかも分からない。
かと言って隣に座っているのに黙ったままと言うのもどうかと思ってしまう。
私が負けたのなら「とても歯が立ちませんでした」とか言えるのだが……。
だが、そんな思いは杞憂だったようだ。
「あなた永野綾子の教え子なんだってね。昨日美登里から聞いたんだけど」
原部さんの方から私に話しかけて来たのだ。
私に話しかけて来た原部さんは不思議とレース前のような威圧感がまったくなかった。
そう言えば菱川さんに会った時も10000mのレース前だった。
しまった。と言うことは一昨日の晩御飯の時は一緒に御飯を食べても良かったのかもしれない。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻