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風のごとく駆け抜けて

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私が原部さんの質問を肯定すると原部さんはため息をつく。

「やれやれ。なんの因縁だか。引導を渡した相手の教え子に引導を渡されるとわね」
原部さんが何を言っているのか私には分からなかった。
どうも相手にもそれが伝わったらしい。

「最初から決めてたのよ。この日本選手権で優勝出来なかったら引退するって。今日あなたに負けたから、あたしはこれで引退するわ。新しい時代はあんたに任せる」

「そ……そんな。ちょっと待ってください」
驚いて私は原部さんに詰め寄る。

「いや、別にあんたが悪いわけじゃないから。ぶっちゃけ言うと、一昨年の冬から右脚の付け根の痛みがまったく引かないのよ。今日も痛み止めを打って走ってるしね。まぁ、3000m障害をやらなければもう2年くらいは現役でいれるんでしょうけど……。3000m障害が走れないのなら私は現役にこだわる理由もないからね」

それを聞いて私は「そうなんですか……」と言うのが精一杯だった。

「まぁ、約10年くらい前には、あたしが逆に永野を引退に追い込んだんだけどね」
「あの、さっきも言ってましたけど、それってどう言うことです?」
私が聞くと原部さんは少し困った顔をした。

「その前に質問するけど、あんたは永野の引退についてどこまで知ってるの?」
言われて私は考える。
そのことについては、1年生の夏合宿で聞いただけだ。

確か実業団に入って2年で故障して、騙し騙し走っていたが何年か経って事実上の解雇になったっと言っていた気がする。

それを原部さんに言うと、ため息をつかれた。

「何も言わないのが永野らしいと言うか。まぁ生徒には言えなかったのかな。本当のこと聞きたい?」
言われて私は迷ってしまう。

私が聞いても良いことなんだろうか。
それとも、聞いてはいけないことなんだろうか。

迷った末に私は原部さんの問いに首を振った。

「永野先生が自分から私達に言わないってことは、何か理由があるんだと思います。だからそれを私が勝手に聞くわけにはいきません」
私が言うのと同時に、係員が表彰が始まることを伝えに来る。

賞状を貰い、写真撮影をして玄関前まで戻って来ると、私の荷物も抱えた永野先生が立っていた。

「お疲れさん。今から駅に向かえば、お土産を選んでも余裕で新幹線の時間に間に合うぞ」 
どうやら帰りは本気で新幹線で帰るつもりらしい。

「あら」
「ああ」
私の後ろにいた原部さんが永野先生に気付いたようだ。

「久しぶりね永野。元気そうでなにより。なかなか素晴らしい指導力ね」
「そりゃぁ、どうも。原部も現役お疲れさん」
永野先生の一言に、私も原部さんも驚いた。

永野先生は、今日のレースで原部さんが優勝しなかったら引退すると言うことを知っていたのだ。

「昨日、菱川と久々にゆっくり会ってね。色々聞いたのよ」
てっきり昨日は買い物三昧だと思っていたが、違ったようだ。

「ああ。美登里には話してたからね。まぁ、これであたしも心置きなく第二の人生を謳歌出来るわ」
「もう次をどうするか決めてるの?」
「人並みな人生よ。結婚、子作り、出産、子育て。もう相手もいるのよ」
「そっか。それはおめでとう」
永野先生の一言を聞いたのち、原部さんが急に顔を曇らせる。

「ねぇ、永野。ひとつだけ聞いていい?」
「なに? 改まって?」
「あんた、私のこと恨んでる?」
「なんだそれ?」
真面目に尋ねる原部さんとは対照的に、永野先生は笑い出してしまった。

「だったら原部。逆に聞くけど、あなたは澤野のこと恨んでるの?」
言われて原部さんが私の顔をまじまじと見る。
そして突然吹き出した。

「確かにそうね。永野って意外と教師にむいてるのかもね。ありがとう。なんだか心のトゲが取れたわ。じゃ、そう言うわけであたしはこれで。結婚して子供が出来たら自慢げにメールで送るわね」
原部さんは言いながら永野先生の肩を叩き、玄関に向かって歩き出した。

「いや、結婚式くらい呼んでよ」
永野先生の一言に原辺さんは振り返ることなく、「ごめんね。もう身内だけで挙げることが決まってるの」と言うだけだった。

「なんだか良いですね。こうやって何年経っても通じ合える相手って」
「通じあってるのかな。だいたい昨日菱川に聞いたんだが……。原部のやつ、私が自分のせいで引退したと思ってるらしいし」
「あ、それさっき私も言われました」
それを聞いて永野先生がため息をつく。

「誤解の無いように言っておくな。確かにあいつにロードレースで負けてから一気に調子が悪くなって、まったく走れなくなったのも事実だけどな。それは故障した腰の痛みが悪化したからだ。それに一昨年少し話したが、私は事実上解雇されてるけど、それだって故障が原因であって、あいつに負けて走れなくなったのとは全く関係ないからな。てか、後で原部にしっかり言っておかないと。おかげで当時、永野綾子を引退させた女って通り名が原部に付いたくらいだし」

文句を言う永野先生はどこか懐かしそうで、どこか楽しそうな顔をしていた。