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風のごとく駆け抜けて

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第2ゲートで受付を済ませ、ゲートの外にある植え込み前に葵先輩は荷物を置く。

「ごめん聖香。うち、アップは1人でやりたいから、荷物番だけお願い出来るかしら?」

葵先輩のお願いに私が快く頷くと「ごめんね。ありがとう。」と笑顔で言って葵先輩はアップに出かけてしまった。

荷物番を任されたので遠くに行くことも出来ず、その場に座っていたのだがかなり暇だった。

ちらっと葵先輩の荷物を見る。
先輩はバックの上に受付で使ったランシャツを置いていた。

まだ真新しいランシャツはそれ自体が光を放っているかのように輝いており、とりわけ胸の部分にある『桂水』と言う校名が一段と強く輝いてみえた。

そのランシャツを見ると思わず笑みがこぼれてしまう。
今回は出場出来なかったが、私もこのユニホームを着て早く試合に出たいと心の底から思う。

そんなことを考えていたら、視線を感じた。
周りを見渡すと同時に、何人かの人が慌てて私から視線を外し歩き出す。

いけない。1人でにやけていたので変な人だと思われたのかも。

それからは大人しく座っていたのだが、それでもあきらかに視線を感じることがあった。

それだけでは無い。
たまに「あれ澤野聖香じゃない」とか「走るの辞めたって聞いたけど」と言う声が耳に届く。

なぜだか分からないが、どうも私は注目のまとになっているようだ。

しかもあまり好意的な感じがしない。
見られることも、私のことを勝手にあれこれ言っている会話もすごくイライラする。   

そんなふうに遠巻きに見るなら、いっそ話しかけてくれたら良いのに。

「あら、偉いわね澤野聖香。こんなところまで来るなんて」
そう、こんなふうにだ。

と、別の世界に旅立っていた感覚が現実に戻って来る。
目の前には山崎藍子が立っていた。

「とっても素敵ね。私の走りを見るために、わざわざ澤野聖香が出向いてくれるなんて」
「いや、藍子。なんか勘違いしてるみたいだけど、私は先輩の付添いで来てるのであって別にあなたを見るために来たんじゃないから」

その一言に山崎藍子が不機嫌になる。

「あっそ! それでも私の走りを見ることに変わりないでしょ。覚悟して見なさい」
それだけ言って藍子はアップに出かけてしまった。

それを見て、さっきまで私のことを何か言っていた人達は「あれ山崎藍子だ」「城華大付属なんだってね」と今度は藍子についてあれこれ語り出す。

いったいさっきからなんなのだろうか。

その疑問をあっさりと解決してくれたのは葵先輩だった。

「うち、改めて認識した。聖香って有名人なのね」
帰って来るなり葵先輩が目を丸くして私を見る。

「アップをしてたら、周りの人が澤野聖香を見たとか、桂水高校にいるみたいとか言ってたのよ。さすが昨年度県中学チャンピョン。注目の的ね」

葵先輩の一言でモヤモヤがあっさりと消える。

つまり昨年の実績があるから注目されていたのだ。
しかも城華大付属を蹴っていたので辞めたと言う噂話が広まり、ここに私がいるものだから、誰しもが疑問に思ったと言うところだろうか。

「でも失礼しちゃうわよね。桂水って陸上じゃぁ聞いたことないとか、弱小校でしょとか言う人がいたのよ。覚えてなさい。県駅伝では絶対に忘れられない名前にしてやるんだから」

試合前の緊張があるのだろうか。
葵先輩にしては珍しく、早口で捲し立てるように喋っていた。

そんな先輩のおかげで、さっきまで私の心の中を支配していた、暗くて重いよく分からない感情は、ウソのように消え去っていた。