風のごとく駆け抜けて
そんなお風呂での騒動から一夜明け、今日は総体3日目。
残すは1500mのみだ。
今回1500mに出場するのは麻子と朋恵の2人。
なのに、なぜか自分が試合に出る時と同様に、朝早くに眼が覚める。
習慣というのは本当に恐ろしい。
仕方がないので、私は早朝の散歩へと出かけることにした。
空はまだ薄明るくなったばかりだ。
気のせいか、例年よりも涼しい気がする。
「あの……澤野さん。一緒に行っても良いですか」
振り返ると朋恵が立っていた。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「いえ……。そんなこと無いですよ。澤野さんが起きる少し前から起きてました。ただ、布団のなかでじっとしてましたけど」
朋恵は私の横に並んで一緒に歩き出す
。
「はぁ……。初めての1500m。すごく緊張します。と言うより、ダントツで最下位だったらどうしようって。昨日からずっと考えてます」
冗談で言っているのかと思ったが、朋恵の顔を見ると真剣そのものだった。
「大丈夫よ朋恵。入部したての頃ならまだしも、今の走力なら朋恵が最下位になるなんてありえないから」
「そうでしょうか……。今でも私は駅伝部の中では最下位のままです」
「もう。ちょっと自信持ちなさいよ。3000mで10分30秒切れるんだから、1500mなら5分5秒あたりではいけるわよ」
「え……。そんなに速く行けますか。本当に短いのは自信がなくて」
どうも朋恵が落ち込み気味なので、私は話題を変えることにした。
「そう言えば、朋恵はどうして駅伝部に入部したの。部活紹介の時に、体を動かしたいとか言ってたけど。他の運動部もあったでしょ?」
私の質問に、朋恵はちょっとだけ困ったような顔をする。
「あの……。他のみんなには内緒にしておいてくださいね。本当の理由は自分を変えたかったんです。私、中学の時にすごく引っ込み思案で、いつも誰かの後ろに隠れてるような人間でしたから。そんな私に祖父が『強い気持ちは強い身体にこそ宿るんだ』って教えてくれて。まずはしっかり体力をつけてみようって。でもこんな性格だし、球技も苦手だからどうしようって考えてたら、駅伝部を見つけたんです。あ、これだって。とにかくどんなにきつくても、たとえ試合に一度も出られなくても、3年間頑張ってやってみようって。でも、1年たってもまだまだです。すぐには変わらないですね」
どうだろう。中学の時の朋恵を見たことが無いからよく分からないが、少なくとも部活にいる時の朋恵は、部員とかなり積極的に話していると思う。
なにより、体力と言う面では劇的に変化している。
そんな話を朋恵とした約5時間後。1500mの予選が行われる時刻となった。
予選は全部で3組。各組の上位4名は自動的に決勝へと進むことが出来る。
1組目は清水千鶴がラスト1周で後ろを見ながらペースを調整し、余裕の決勝進出。
そして2組目。城華大付属の貴島由香と麻子が出場する。
「うそ。麻子がずっと4番目を走ってる」
「あれぇ。あさちゃん、後ろを確認しながらペースを調整してるんだよぉ」
「麻子さん、やっと走り方を覚えたし」
麻子の走りにみんな本気で驚いていた。
いつもなら手を抜けない性格のせいか、前半からガンガン走って行くのだが、なんと今回は着順通過ラインの4番目あたりでじっと我慢している。
それも1000mを過ぎて先頭とすでに40m程差が開いていると言うのにだ。
「朝食の時に、大広間に向かって歩いている湯川を見たら、あきらかに昨日の疲労を残しているような歩き方をしてたからな。今回は、私の命令で4位で予選を通過して来いとかなりきつく言っておいたんだ。湯川の場合、こうでもしないと体力を温存しようとか考えないからな」
「それにしても、麻子も素直に言うことを聞いたもんですね。いつもなら『手を抜くようで嫌です』とか言いそうなのに」
私が尋ねると永野先生は、麻子とのやり取りを思い出したのか苦笑いをする。
「もちろん、澤野が思ってる通り、本人は大分抵抗を示したがな。一昨年みたいに決勝で良い走りが出来ないぞって言ったら、あっさり納得したぞ」
言われて、1年生の時の県高校選手権を思い出す。
あの時は、予選で扱けた麻子が必死で巻き返し、決勝には残ったものの、体力を使い果たしてボロボロの走りだった。
さすがの麻子もあれを持ち出されると素直になるようだ。
麻子はそのまま4位で予選を通過する。
タイム的に見てもかなり余裕のある走りだった。
そして、3組目。朋恵と山崎藍子の登場だ。
よく考えると2人とも高校生になって初めての1500mだ。
いや、朋恵にとっては人生初と言った方が良いのかもしれないが。
高校生初の1500mで、藍子がどんな走りをするのか興味があった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻