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風のごとく駆け抜けて

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こうして初日の競技が終わる。
いつもの旅館に着いたあとで、私は永野先生から野暮用を頼まれる。

それが終わって部屋に戻ると、すでにみんなお風呂から上がった後だった。

まぁ、あの大浴場に1人で入るのも悪くはない。
そう思い、お風呂へと向かったのだが……。

「あら、澤野聖香。珍しいところで会うわね」
なぜか山崎藍子がいた。どうやら向こうも1人らしい。

「なんで藍子がいるのよ」
「随分な言い方ね。私は今ジョグが終わった所なのよ」

その一言だけ会話をし、お互い服を脱いで、風呂に入り体を洗って、湯船につかる。よくよく考えてみれば、藍子とお風呂に入るなんて初めてのことだ。

「そう言えばさあ藍子。あなた今1500mどれくらいで走れるの?」
大浴場の向かい側に浸かっている藍子に、何気ない気持ちで訪ねてみた。

私が言い終わる前に、大量のお湯を掛けられた上に、それに使ったのであろう風呂桶まで飛んできた。

壁側にいた私は、お湯をもろに浴びてしまい、びしゃ濡れだ。
まぁ、お風呂なので大した問題ではないのだが。

「タイムなんて知らないわよ。私はあなたに勝つために1500mにエントリーしたの。あなたに勝つことだけを考えていたから、タイムなんて考えてないわよ」

あまりの怒りに藍子は仁王立ちをして、興奮気味に喋りながら私を睨みつける。

「まったく……。あなたもえいりんもどれだけ私と勝負したいのよ」
私はそんな藍子とは反対に冷静さを保った返事を返す。
と言うより、あまりのことにあきれ気味だった。

そんな私の態度を見て熱も冷めたのだろうか。藍子はため息をついて、また湯船に浸かる。

「あなたには分からないでしょうね。私達の気持ちが。正直、市島瑛子の転校について、影で色々言われてるのも事実だけどね。でも、私が市島瑛子の立場なら、絶対に同じことをする自信があるわ」

どこか遠い目をしながら藍子が言う。
私もそれについてなんと返答して良いか分からず、少しの間沈黙が続いた。

しばしの沈黙の後で、藍子が少しだけ気まずそうに口を開いた。

「そう言えば澤野聖香。前からあなたに尋ねてみたいことがあったのだけど」
「どうしたのよ藍子。そんなに改まって。別に遠慮なく聞いてよ」

私がそう言うものの、藍子はまた黙ってしまう。
ちらっと私を見て、目が合うと意を決したように喋り出した。

「あなた、今の人生に満足してるの? いや、もしもあなたが城華大付属に来てたら、間違いなく2年連続で都大路を走ってたと思うの。でも現実は私達に2年連続で敗れて一度も走れてないでしょ」

私は思わず笑ってしまった。
そんな私の態度が理解出来なかったのか、藍子は戸惑いを見せる。

「そうね。後悔は全くないわね。むしろ感謝してるくらい。確かに私が桂水高校に入学して、駅伝部があって、仲間がすぐに集まり、また私が走り出せるようになって、あなた達と都大路を賭けて戦えるなんて、奇跡の上に奇跡を重ねたような偶然だけどね。それでももう一度人生をやり直せるとしても、私はなんの躊躇もなくこの道を選ぶわ。そして、また奇跡を起こして今の道を進んでみせる」

「そう。あなたがそう言うなら私は何も言わないわ。本音を言うとね……。あなた達がちょっと羨ましいなって思う時もあるのよ。なんだか試合でも楽しそうにしてさ。いや、別に今の部活が嫌いとかじゃないのよ。それでもね……。たまには伝統の重みとかが、すごく窮屈に感じることもあるのよ。まぁ、あなた達もゼロから伝統を作って行く苦労とかあるんでしょうけど」

藍子は一度大きなため息をつく。

「さて、私は上がるわね。あ、変なことを聞いてしまったお詫びに、何か聞きたいことはあるかしら」
せっかくなので私はひとつだけ聞いてみることにした。

「藍子は何のために走ってるの? 私と勝負したいから? それともチームのため? 自分のため?」
私の質問を聞き、藍子はふっと吹き出す。

「あなたにしては野暮な質問ね。そんな小難し理由なんてないわよ。走りたいから走る。ただそれだけよ」
独り言のようにつぶやきながら、藍子は湯船から上がって行った。

「走りたいから走るか……」
私は藍子の言葉を口にする。

会えば言い合いをするし、性格も走る環境もまったく違うが、それだけは唯一藍子との共通点だと思った。

そして多分それこそが、お互いを認め合っている理由なんだろうなとも感じていた。