風のごとく駆け抜けて
2人の先頭争いに勝負が着いたのはラスト100m。
雨宮桂がラストスパートをかけ、紘子を振り切る。
私達も声を必死に張り上げ紘子を応援するが、残念ながら紘子は雨宮桂に追いつけず、2位でゴールする。
しかしながら、雨宮桂の記録が8分56秒32、紘子も8分57秒95と8分台を出しての県記録更新に会場中から歓声が上がった。
工藤知恵が引っ張る3位集団の争いも、最後まで目が離せない展開となっていた。
ラスト1周になり、その集団から抜け出したのは泉原学院の選手だった。
この3年で山口県内の勢力図が大きく変わったと、永野先生が前に言っていた。
桂水高校女子駅伝部が発足する前は、城華大付属の圧勝。
それに泉原学院、聖ルートリアの2強が随分と力の違いはあるものの、それを追っていると言った感じだっだそうだ。
それが我が部が発足してからは、城華大付属と桂水高校の2強へと変わったのだと言う。
現に昨年の県高校総体3000mでは、中国地区総体に出場出来る6位までを、城華大付属と桂水高校ですべて埋めてしまった。
それゆえに、泉原学院の選手が3位となるのは、ちょっと新鮮な気がしたのだ。
その後に4位で工藤知恵が入る。
自分でレースを引っ張る力強さを見せつつも、得意のぴったりと付いて行く走りも健在で、3位になった泉原学院の選手に張り付き、4位でゴールした。
そして5位で入ったのはアリスだ。これには正直私達も驚いた。
もちろん、普段の練習でもアリスは麻子に付いて行くので、走力的に十分力はあるのだが、人生初のレースでこれだけの成績を収めることが出来るのはすごいと思う。
紗耶は順位こそ7位だったものの9分38秒44と自己記録を更新した。
今回もお得意のラスト200mのダッシュは健在で、最後に城華大付属の1年生、三輪なずなを抜き去り順位を一つ上げてのゴールだった。
と、私はある疑問が浮かんだ。
「そう言えば永野先生。今年はなんで紗耶が3000mなんですか。いつもだったら麻子が3000mですけど。それに紗耶ならトラックは1500mや800mの方が上位に食い込めると思いますが」
私の質問に永野先生もため息をついた。
「正直言うと、私も藤木は800mにエントリーさせようと思ってたんだよ。だが、藤木からの強い要望でな。今年はどうしても3000mを走りたいって言われて。駅伝と違って個人種目だし、詳しくは言わなかったが、藤木なりに色々考えてる所もあるみたいだったから許可したんだ」
紗耶も今年が最後だから、なにか思うことがあるのだろうか。
現に葵先輩が卒業された辺りから練習を必死で頑張っている。
今回の自己新も練習のたまものだろう。
ただ晴美は、ちょっと追い込み過ぎてる気がしてならないと心配する。
それを紗耶に話すと、「まだまだ頑張らなければならない」と奮起していたそうだ。
3000m出場メンバーが帰って来ると、私達応援組はお祭りモードだった。
紘子の8分台突入。アリスの中国総体出場、紗耶の自己記録更新と、うれしいことばかりだったからだ。
しかしながら、意外にも走ったメンバーは全員悔しさをにじませていた。
「記録はともかく、ラストで桂に離されたのが悔しいですし」
「あの集団のトップになってやるって、アリスは考えてたんですけどね」
「まだまだだよぉ。中国総体に出場するつもりで走ってたのに」
そんな3人を見て、我が部も個人の意識が随分と上がって来たんだなと感じた。
3000mタイム決勝から2時間後。
今度は梓の800m準決勝が始まる。
3組2着プラス3で行われる準決勝。
梓は今度も最終組3組目で登場だ。
「「「あ・ず・さ」」」
予選と違い8人で行われる準決勝。
スタート前に声援を送ると、第4レーンに入っている梓はこっちを向いて手を上げる。
「意外にこう言う時って梓は落ち着てるわよね」
麻子の一言はもっともだ。
こう言う時の落ち着きは、まさに葵先輩にそっくりだと思う。
スタート前に落ち着いていた梓は、スタートも落ち着いて出る。
いや、優しい言葉で言えばそうだが、正確に言うと出遅れたと言うべきなのだろうか。
「ねぇ、どうなのこれ。梓って後半に逆転出来るだけのスピードあるっけ?」
「いや、正直無いですし。どっちかと言うと、予選みたいに前半から行った方が良いですし」
麻子の疑問に紘子は冷静な分析で返す。
100m程走って選手が一斉にインコースに入って来る時点で梓は8位。
つまりは最下位だった。
準決勝と言うこともあり、全体的なペースも早く、ラスト1周になった時点でどうにか6位に上がるのがやっとの状態。
「う〜ん。フォーム自体は悪くないんだがな。全体的に動きが小さいな。まあ高校初レースだし、緊張もあるんだろうな」
「そうなんですかぁ。さっきは随分と落ち着いて見えましたよぉ」
「いや、藤木。落ち着いているのと緊張は別もんだぞ」
永野先生と紗耶のやり取りを聞いて、急に由香里さんが笑いだす。
「そう言えば、綾子も昔やらかしたわよね。ほら小学生の時の卒業式。あまりの緊張で歩く時に手足とも同じ方が出てひっくり返ったあげく、スカートが捲れてパンツが丸見えになったやつ」
言いながら当時の光景を思い出したのか、由香里さんが声を上がて笑い出した。
「ちょと待て由香里。どうしてあなたはそうやって、私の威厳を無くすような発言をするわけ」
珍しく永野先生が顔を真っ赤にして訴えていた。
その慌てふためいた姿を見る限り、どうやら今の話は事実のようだ。
その後も梓は必死で前へと出ようとするが、なかなか思うようにはレースを進めることが出来ず、1人抜かして5位でゴールする。
「残念だけど、梓ちゃんのタイムだとプラスで拾われのは無理かな」
準決勝の各組のタイムをメモした紙を見ながら、晴美がため息をつく。
さすがに晴美にそう言われると、奇跡も起きそうにない。
残念ながら梓の決勝進出はならなかった。
みんなも残念がるが、意外にも戻って来た当の本人はそこまで落ち込んでいなかった。
「いや。予選は良かったんですよ。横一列に並んでスタートでしたから。でも、準決勝って100m程自分のレーンを走るじゃないですか。うち、あれ人生初の体験で。もうめちゃくちゃに緊張しちゃって。みなさんが声を掛けてくれた時に、落ち着いて返事を返したんですけど、もう心臓が爆発しそうなくらいドキドキしてて。結局、なにがなんだか分からないままレースが終わってしまいました」
梓はそう言って私達の前で笑ってみせた。
その時の笑顔は、葵先輩とは全く別の、梓特有の笑顔だなと私は思った。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻