風のごとく駆け抜けて
3人がアップしてる間、私は大人しく座っていた。
ふと、2年前も同じように葵先輩の荷物番をしていたことを思いだす。
そう言えばあの時は、なぜか私は注目されていた。
まぁ、理由は後から分かったのだが。
そして、あきらかに今年も注目されているのが分かる。
不思議なもので、人間の耳と言うのは自分に関係あることは良く聞こえるものらしい。
「あれ、澤野だよ。ほら3000m障害で高校新を出した」
「てか、桂水高校って進学校なのに城華大付属と同じくらい速いんでしょ。頭でも走りでも勝てないし」
「澤野みたいに中高とずっと県のトップってのもすごいよね」
なんともこの2年で桂水高校の評価も変わったものだ。
思わず私は吹き出しそうになる。
「澤野さん、なにをにやけてるんですか。頭の悪い人みたいですよ。おっと失礼。本心が」
私を見降ろすようにして目の前にアリスが笑顔で立っていた。
てか、その口の悪さは誰の影響だろうか。
「いや、私達を噂する声がおかしくてね。2年前は良い噂はなかったのに。今は逆かなって」
私が説明すると、アリスが失笑する。
「アリスが思うに、人間なんてそう言うところ適当ですよ。正直アリスもほら、この見た目でしょ。小さいころから色々言われてますよ。『金髪が綺麗だね』って言って来た人が、私にイラついたら『金髪のくせに』って手のひらを反すことなんて日常茶飯事です。街を歩いていて、視線を感じるのもいつものことですよ。でも、慣れました。何を言われてもどんなふうに見られてもアリスはアリスですから。それに、数の差はあれ、無条件で味方になってくれる人も、世の中には絶対にいるって経験上知ってますから。アリスにとってこの駅伝部はものすごく居心地がいいんですよ」
アリスは私に説明しながらも笑顔になる。
不思議とこの時だけは、その笑顔でさえ大人の振る舞いに感じた。
そのアリスを含め、桂水高校の3人全員が最終組で登場する。
招集からスタートまで時間があったため、私は荷物番を終えた後、スタンドへと戻って来た。
最終組がスタートすると同時に会場全体が熱気に包まれて行く。
理由はただ一つ。あの2人だ。
「さぁ、城華大付属の雨宮さん。桂水高校の若宮さんを先頭に、先頭は1000m。1000mの通過は2分台。2分55秒。2分55秒であります。このままのペースで行きますと、県記録の更新はもちろんのこと、8分台と言う大変素晴らしい記録も期待できます」
タイムを読むアナウンサーですら、あまりのペースにやや興奮気味になっていた。
2人ともスタートすると同時に飛び出し、お互い牽制する気もまったく見せず、ハイペースのまま走り続ける。その結果がこのタイムだ。
ちなみに3位を走っているのが工藤知恵。
どちらかと言えば、人の後ろをひたすら付いて行くイメージがある彼女が第二集団を引っ張っている姿は、少しだけ不思議な光景だった。
藍子が1500mに回ったことで、城華大付属から誰が3000mにエントリーをしてくるのかと思っていたが、プログラムを見ると1年生がエントリーをしていた。その1年生が現在4番目。5番目に泉原学院が、6番目にアリスが付いている。
間もなくアリスが集団で1000mを通過しようというところ。
アリスの1000m通過タイムが3分6秒だ。
遅れて3分10秒で紗耶が1000mを通過する。紗耶が全体の8番目だ。
レースに初めて出るアリスも、久々に3000mを走る紗耶もしっかりと頑張っていた。桂水高校女子駅伝部として底力が上がって来たことを、はっきりと感じることが出来る。
こうしてレースを見ていると、永野先生がなぜえいりんの転校を笑えないと言ったのか理由が分かった気がする。
雨宮桂、工藤知恵、山崎藍子、貴島由香。さらには今4番手を走っている1年生、名前をみると三輪なずなと書いてあった。
それにえいりんが加わるのだ。
なんとも強力な布陣だ。
「それにしても、紘子も雨宮って子もとんでもないわね。あたし普段は紘子と一緒に3000mに出場することが多かったけど、外から彼女達の走りを見ると、恐怖すら感じるわ」
「あの……。ひろちゃんの1500mの通過が4分26秒なんですけど、私、1500m一本を走っても多分この記録出ません。と言うか、1000mで2分台を出すことがまず不可能です」
冷静にレースを見る麻子と、記録を見て愕然とする朋恵。
梓も言葉すら出ないと言った感じで、レースを食い入るように見ていた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻