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風のごとく駆け抜けて

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「さすが藍子。朝一からエンジン全開ね」
えいりんの声に聞き覚えがあったのか、紗耶と麻子、晴美が一斉に反応する。

「え? 市島さんかな」
「うそぉ。なんで? 熊本で会ったよねぇ」
「なんで城華大付属のジャージ着てるわけ」

3人とも驚きの声を上げる。

しまった。えいりんが転校して来たことを、どうやら私はみんなに言い忘れていたようだ。

「やっほー。半年ぶりくらいだね。いやぁ実はね、さわのんと直接対決したくて熊本から山口に転校して来ちゃった。ルールの関係で、半年間は試合に出場出来ないんだけどね。ほら、藍子早く行かないと阿部監督に怒られるわよ。だいたい、あなた本当にさわのんと対戦したいなら私のように自ら出向いて行かないとダメよ」

えいりんはそう言って、まるでネコをつまむように、藍子のジャージのえりをつまむ。

なぜか藍子も急に大人しくなってしまった。

「じゃぁ、みなさんお騒がせしました。藍子は私が責任を持って回収しますね」
藍子のえりをつまんだまま、えいりんが笑顔で立ち去っていく。
藍子も何も言わずに大人しく立ち去っていった。

「おい、澤野。市島が城華大付属に編入ってなにかの冗談だよな」
私に問いかけて来る永野先生の表情は、珍しく真剣そのものだった。

「いやあ、それがどうも本気みたいで。私も4月になって初めて知ったんですけど」
「まったく笑えない状況だな」
真剣な表情をしたまま、永野先生はため息をつく。

私は、「えいりんってなんとも行動力があるなぁ」程度にしか考えていなかったのだか、実際はかなり深刻なことのようだ。

確かに、えいりんがと考えるより、2年連続で都大路を走った人間が。
それも2年連続で区間賞を取った人間が転校して来たと考えれば、とんでも無いことだと言うことに初めて気付く。

一騒動終え、スタンドへと全員で向かって行く。
2階へと上がる階段を登っていると、上から私の名前を叫ぶ声が聞こえる。
見上げると清水千鶴だった。

「聖香! なんでエントリーしてないの! 勝ち逃げするつもり!」

しまった。そう言えば千鶴にも報告をしていなかった。

ただ、千鶴の方は藍子に比べれば随分とものわかりが良く、事情を説明するとすぐに納得してくれた。

「でもなんか気が抜けた。聖香がいないんじゃ、他に張り合う相手もいないじゃない。それに聖香不在で県チャンピョンになるって言うのもスッキリしないなあ」

千鶴はすでに優勝した気分でいるようだ。
まだ藍子だっているし、もしかしたら凄い1年生もいるかも知れないのだが……。

なんとも大した自信だ。

今年も昨年同様、私達桂水高校女子駅伝部に関係ある種目のトップは800mの予選からだ。

「この人数の多さはまさに風物詩と言ったところよね」
「なんか、こんなことで季節を感じるのは嫌かな。てか、聖香の中ではこの800m予選はどんな季節を感じさせてくれるのかな」

私の一言に晴美は苦笑いをする。
しまった。私としてはごく普通の会話のつもりだったが、どうも陸上バカの発言になってしまっていたようだ。

800m予選も順調に進み、最終組となる。いよいよ梓の登場だ。

「今年は全体的にペースが遅いかな。正直普段のタイムから考えて、梓ちゃんの実力なら着順がダメでもプラスに入れるくらいの力はあると思うけど」

気付けば晴美もマネージャーとして随分と成長していた。
今まで行われた各組の上位記録をすべて記入しており、準決勝に行けるボーダーラインまで計算していたのだ。

「でも梓は初出場でしょ? 油断すると扱けたりすることもあるかもよ?」
「それはあなただけだから麻子。現に朋恵だって初レースはきちんと走ったわよ」
「いえ……。ほら私は遅いですから。スタートから置いて行かれてますし」
私が話をふると、朋恵は遠慮気味につぶやく。

「でも、朋恵ってさぁ。もうあんまり脚が遅いってイメージないわよね」
麻子の一言に朋恵はビクッとなる。

「あの……。とんでもないです。現に今でも部内では断トツで遅いじゃないですか」
なぜか朋恵は半分涙目になっていた。

いや、私からしても十分に強くなったと思うし、そんなに弱気にならなくても良いと思うのだが。まぁ、個人の性格というやつなのだろうか。