風のごとく駆け抜けて
高校総体と私が忘れたいた大事なこと
3000m障害用の障害物が届いた一週間後、県総体のメンバー発表が行われる。
「まず3000m。若宮、ブレロ、藤木」
なんとも意外なメンバー構成だった。
まぁ、アリスはまだ分からないでもないが、紗耶が3000mと言うのはなんとも珍しい気がした。
てっきり麻子が入ると思っていたのに。
麻子自身も意外だったらしく、名前を呼ばれなかったことを不思議がっていた。
逆に紗耶は、妙に落ち着いていた。
そう言えばいつからだろう。
紗耶は練習でかなり追い込むようになっていた。
もともとラストスパートが強い紗耶だが、最近はラストだけでなく中盤辺りから、まるでラストスパートのようにペースを上げて来ることがある。
今年こそは都大路に行きたいと思う、紗耶の決意の表れなのかも知れない。
「次、1500m。湯川、那須川」
名前を呼ばれて、朋恵はおろおろし始める。
「あの……。私、1500m初めてなんですけど」
「大丈夫ですよ朋恵先輩。誰にだって初めてはありますから」
梓は優しくしゃべりながら朋恵の肩を叩き、朋恵を落ち着かせようとする。
まったく、どっちが先輩なんだか。
でも、こう言う梓の行動は、やはり葵先輩の妹だなと、妙に納得してしまうところがあった。
「あと、800mに大和妹」
「まぁ、うちも800mは初めてなんですけどね。中学生で出た2回の公式戦は、どちらも1500mでしたから」
梓がちょっとだけ恥ずかしがりながら朋恵に言うと、朋恵も梓の顔を見てクスッと笑う。
私が今回総体に出ない分、1500mへの出場が増えるのかと思ったが、3名の枠に対して麻子と朋恵だけだった。
「お前らまだ発表は終わてないぞ」
その一言にみんなの動きが止まる。
「今回は少しスピード練習を入れようと思ってな。2日目のマイルリレーにもエントリーしたから。一応、澤野以外の6人全員の名前でエントリーしている。私からは誰が何走とは言わない。当日にお前らが決めてよいぞ。スタブロとバトンパスの練習も空いた時間にやってくれ」
みんなが騒めきを起こす。
マイルリレーに出場とは想像もつかなかった。
正直、私も出てみたいと思った。
いや、申し込みはもう終わっている。
そもそも、日本選手権に集中するために総体を辞退したのだ。
ここで走ったら意味が無くなってしまう。ここはグッと我慢だ。
「ねぇ、ところでマイルリレーってどんなリレー?」
麻子が真面目な顔をして聞いてくる。
一瞬目まいがした。
麻子が走り始めて二年と二ヶ月。
まさかマイルリレーを知らないとは思わなかった。
「中長距離種目と駅伝はしっかりと理解してるわよ。でも短距離系は知る機会も少ないし」
麻子は必死で言いわけを始める。
「その前に湯川さん。アリス的に言わせてもらうと、1マイルが約1600mってのは一般常識だと思うんです」
アリスの一言を聞いて麻子は大きなショックを受ける。
そんな麻子に紗耶が優しく、4×400mで約1600mなのでマイルリレーと言うことを、分かりやすく教えていた。
早いものであっと言う間に県総体の日がやって来る。
今年は永野先生、由香里さん、私、麻子、紗耶、晴美、紘子、朋恵、アリス、梓と10人もいる。
一応由香里さんの車は10人乗りなのだが全員の荷物もあるため、永野先生と由香里さん、2台の車でやって来た。
ちなみに永野先生の車には私とアリス、朋恵が乗っていた。
「すごい! 競技場ってこんなに大きいんですね。アリス的にはもっとコンパクトかと思ってました」
競技場が見えてくるとアリスは随分と興奮していた。
「アリスちゃん……。去年の私みたいなことを言ってる」
ちなみにその前の年は麻子が言っていた。どうやら、毎年誰かが競技場を見て驚くと言うのは、桂水高校駅伝部の伝統となりつつあるようだ。
駐車場に着くとさっそく荷物を降ろし始める。
それは荷物を降ろし始めてすぐのことだった。
「澤野聖香!! あなたいったい何様のつもりなのよ!」
遠くから名前を大声で叫ばれる。
私が声の主の方を向くと同時に、周りにいる人もそっちを注目していた。
声の主、山崎藍子がこっちに向かって走って来る。
気のせいか、随分と機嫌が悪そうに見える。
「あなたねえ! いったいどう言うつもりなのよ! 説明しなさい!」
違った。見えるのレベルではなく、あきらかに山崎藍子は機嫌が悪かった。
「えっと……。まずは状況説明をして欲しいのだけど」
「あなたが昨年の県高校選手権の時に、勝負がしたいなら県総体で1500mに出て来いって言ったんでしょ! だからわざわざ1500mにエントリーしたのに! 肝心のあなたがいないってどう言うことなのよ!」
「あ……」
そう言えば、そんなことを言った気がする。
正直、言われるまで完全に忘れていた。
そうか、前にえいりんが荒れるかもと言っていたのは、このことだったのか。
「なんて言うのかな。ほら、よく言うじゃない。人生そう言う時もあるって」
「あなたとの対戦に関しては、そう言う時ばっかりなのよ! だいたい、私と対戦したいって気持ちがきちんとあったら、県総体に出場しないって選択肢が出て来るはずがないでしょ。その辺どうなのよ澤野聖香!」
しまった。火に油を注いでしまったようだ。
まいったなぁ。「藍子との対戦はまったく考えて無かった」って言ったら収集がつかなくなってしまいそうだ。
と、城華大付属のジャージを着た人がこっちにやって来るのが見えた。
一瞬、知らない人に思えた。だ
が、それが間違っていることに気付く。
なんと、えいりんだった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻