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風のごとく駆け抜けて

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由香里さんは、荷台から台車を降ろし、荷台に上がると何やら太い紐のようなもので何かをくくって、クレーンを操作し始めた。

クレーンで吊ろうとしている物がトラックの荷台で寝ているため、何かは確認できない。

クレーンが高く上がり、荷も一緒に上がて来て驚いた。

「永野先生。あれってまさか」
「そう。そのまさかだ。実家の近所にこう言うのが得意な人がいてな。ちょっと頼んで作って貰ったんだ」

由香里さんが吊り降ろして来たのは、3000m障害で使う障害物だった。
ただ、長さが実際の半分程度しか無かった。

「実物大で作っても邪魔だからな。でも、高さと幅はきちんと公式と同じにしてあるぞ」
永野先生の説明を聞き、降ろされた障害物の横に立つと、あの時の感覚が蘇って来る。

「ねぇ、聖香。ちょっと飛んでみてよ。よく考えたら聖香が3000m障害を走る所を見たこと無いんだけど」
「よく考えたらそうだよぉ。わたしも見てみたいんだよぉ」
「あの……。私も見てみたいです」

麻子の一言を起爆剤として「私も見てみたい」コールが起こる。

最終的には永野先生までもが「そう言えば私も見てないな。よし、澤野! みんなで障害を実際と同じ様にゴールラインよりやや向こう側にセットしておくから、3000m障害のスタートラインから流して飛んでみろ」
と言う始末。

この時点で、もはや逃げられないと思った。
まぁ、永野先生がわざわざ特注したくらいだ。
いずれ練習で飛ぶことにもなるし、別に良いかと思い直す。

約八ヶ月半ぶりの3000m障害走だ。

あの時を思い出しながら私は勢いよく障害に向かって行き、左脚を台の上に乗せ、ひょいっと軽く飛んでみせた。

「おお」「すごい」「綺麗」と歓声があがる。

「すごいよ聖香。小学生の時から相変わらず、こう言う野性味あふれることに関しては天才かな。本当に球技をやる時とは別人なくらい、綺麗な動きだったかな」

晴美にいたっては、あまりの感動からなのだろうか、無意識に私の心をえぐる発言までしてくれる。

「球技? そういえば聖香と1年の時は体育一緒だったけど、確かにあれは酷かった」
晴美のせいで麻子が余計なことを思い出す。

「あー……澤野さん、球技苦手そうですよね。アリス、前に澤野さんが藤木さんの投げたペットボトルを取り損ねた時に思いました」
「いいじゃないですか聖香さん。それでも3000m障害で高校記録保持者ですし。あまり球技が出来ないくらい、どうってことないですし」

しまいには後輩からダメ出しとフォローを受ける始末。
おかしいなぁ、私の3000m障害の話が、いつのまにか「球技の出来ない澤野聖香について」という話題に変わっている。

「まぁ、球技が出来ないのは生まれつきとして。澤野、特にこちらからどうこうは言わないが、練習の合間などを見て、日本選手権までしっかりと練習しておいてくれ。とくに明彩大で習ったことと、前の試合で感じたことをよく思い出してな。すまんな。正直言うと私は3000m障害をやったことが無いから、アドバイスが出来ないんだよ。飛び方があまりにおかしかったら言ってやるがな」

もう球技が出来ないことに触れられるのはあきらめて、永野先生の指示に分かりましたと返事を返す。

しかし、こんなにも良い物を作ってくれるとは。永野先生には感謝の気持ちでいっぱいだ。日本選手権で好成績を出してこの恩に報いようと思いながら、私はもう一度障害を飛ぶのだった。