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風のごとく駆け抜けて

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藍子が追い付いて700mを過ぎ、赤い大きな橋に差し掛かる。

昨年私が1区を走った時は1キロを過ぎてからこの橋だったが、逆走になる5区ではこの橋を渡り終わるとラスト1キロとなる。

橋の上は風が出ているのか、ポニーテールにしている葵先輩はまだしも、肩まで伸びた藍子の髪は左側へと流れていた。

そしてその橋を渡り終えると、ついにレースが動き出す。

「さぁ、ラスト1キロを切ったところで、桂水高校の大和がペースを上げて来た。先ほどまでよりもピッチを上げて前へと懸命に進む。後ろに付いていた城華大付属の山崎、一瞬離れたもののすぐに追いつく。だが、ペースが上がったせいか、先ほどまでのように余裕を持って付いて行くと言うよりは、懸命に付いて行くといった感じだ。手元の資料のよると二人の今期3000mのタイム差はわずかに2秒。力的にはほぼ互角と言っていいでしょう」

解説者が喋り終わると同時だった。
ついに藍子が先頭に出ようと、葵先輩を抜きにかかる。

思わず携帯を持つ私の手に力が入る。

だが、葵先輩がここで意地を見せた。

「さぁ、山崎藍子が抜かそうとしたところで、桂水高校の大和がそれを阻止するかのように山崎に並ぶ。山崎が上げたペースに付いて行く大和。これは本当にすごい。過去23年間、ここまで城華大付属を苦しめた高校は存在しません。桂水高校によって歴史が変わるのか。さあ、勝負の行方はトラックへと持ち越されます」

歴史が変わるのではなく、変えてやるんだ。
永野先生ならそう言いそうだなと思うと、自然と笑いが込み上げて来た。

隣の工藤知恵が、携帯画面を見るのを辞め、不審そうに私の顔を見る。
思わず私は咳払いをする。

携帯の中の2人は、そんな私達の状況を知る由もなく、並走したまま陸上競技場へと入って行く。

スタンドの下をくぐり抜ける僅か1、2秒の間にレースが動いていた。

競技場のカメラに切り替わり、先に映ったのは葵先輩だった。
映像が葵先輩のアップになる。

スタンドをくぐるのと同時にスパートをかけたようだ。

リードを奪ったまま100m走り、後トラック1周。
葵先輩は腕を懸命に振り、必死で走っている。

テレビで見る葵先輩の姿は、ポニーテールにまとめた髪が揺れ、それを留めている青い小さなリボン付きの髪留めが、日の光を浴びて輝いている。

今年になってから、葵先輩は昨年以上に練習を頑張っていた。
その成果を、ぜひここで発揮して欲しい。

祈るような気持ちで、私は食い入るように携帯の画面を見る。

「大丈夫、藍子さんならいける」
もはや工藤知恵も、私の存在など気にせずに応援をしていた。

バスのあちこちから携帯の音声が聞こえる。
みんな優勝の結果を気にしているのだろう。
ただ当事者である私達よりは、気軽に興味本位で見ているのかもしれない。

「さあ、ラスト250mで再び城華大付属の山崎が先頭に追い付く。桂水高校の大和も先ほど同様に意地を見せます。絶対に前には出させまいと懸命に並走する。しかし、山崎が、山崎が前に出る。ラスト200m。2区で澤野が先頭を奪って以来、ここまでそれを守り続けていた桂水高校。ラスト200mで王者城華大付属が首位を奪い返した」

アナウンサーの実況に熱が入る。
それとは対照的に私は冷静だった。

大丈夫です。葵先輩。まだ負けたわけじゃありません。
落ち着いて付いて行きましょう。
ラスト100mでまたチャンスがあります。

自分の思いがどうか届いて欲しいと願いながら、頭の中で必死で祈る。

でも携帯を持つ手は自然と力が入っていた。

思いが通じたのか、葵先輩は先頭こそ奪われたものの、藍子の後ろにぴったりと張り付いていた。

ついにラスト100mの直線になる。
それと同時に葵先輩がもう一度藍子の横に並ぶ。

2人の並走はそのまま50m続く。
携帯で見ていても、もはや2人とも気力で走っているのがあきらかだった。

残り50mを切ったところで藍子が一歩前に出た。

「さぁ、城華大付属が前に出た。桂水が懸命に追う。もう一度並べるか、しかし距離が足らない。さきにゴールしたのは城華大付属。これで24年連続都大路出場。2位の桂水高校はわずかに1秒差。しかし過去24年の歴史でこれほどまでに城華大付属を追い詰めた学校は存在しません。創部2年目の桂水高校大健闘。優勝した城華大付属の記録が1時間7分16秒。これは城華大付属が全国制覇をした時に都大路で出した県記録にあと7秒と迫るものすごい記録です。もちろん歴代2位。そして1秒差の桂水高校の記録が歴代3位。本当に今年はレベルの高いレースでした」

歴代3位? 正直そんなものは今の自分にとってどうでも良かった。
たとえ歴代何位だろうと負けは負けだ。

そう、私達は負けたのだ。たった1秒差で。

あまりの悔しさに、隣に工藤知恵がいるのに……。
いやもっと言うと、選手を輸送するバスの中だと言うのに、私は声を上げて泣き出していた。