風のごとく駆け抜けて
4区のラスト1キロは、昨年私が走った1区のラスト1キロを逆走する形になる。つまり、4区もラスト1キロは小刻みなアップダウンが続くのだ。
そのアップダウンをものともせず、城華大付属の西さんは確実に差を詰めて来ていた。
すでに右下に別映像は無くなり、一つの画面で紗耶も西選手も映るまで差は縮まっている。
ラスト500mの地点で紗耶の表情に焦りが見え始めた。
きっと沿道の応援で、後ろが迫って来ているのに気付いたのだろう。
紗耶と西さんの差は現在5秒。下手をすると、もう4秒差辺りにまで縮まっている。
テレビ画面の左端に表示された距離が、2、8キロになった辺りで紗耶はタスキを取り、一瞬後ろを振り返る。
後ろを振り向き終わると同時に、必死でスパートをかける。
その顔には焦りしかなかった。
1秒でも1mでも良いから後ろとの差を広げたいと必死になっているのだと思う。
そんな紗耶を見ていると涙が出そうになって来た。
それでも、紗耶は頑張った。
差を詰められてはしまったが、先頭を守り抜いたのだ。
「さぁ、これは歴史が変わるのか。昨年まで過去23年連続優勝をしている城華大付属ですが、4区終了時点で先頭を明け渡していたことは一度もありません。つまり城華大付属以外の高校が5区に先頭でやってくるのは、実に24年振りと言うことです。創部2年目の桂水高校。待ち受けるのは唯一の3年生、キャプテンの大和葵。今、笑顔でタスキを受け取り、桂水高校が先頭で第4中継所を出て行きます」
スキを渡すと同時に紗耶は泣き崩れた。
いや正確に言うと、タスキを渡す時点で泣いていた。
「5秒遅れで城華大付属3年生西から昨年も5区を走った2年生山崎にタスキリレー。後輩に連れて行って貰うのではない。自分達が連れて行くんだ。そう言っていた西真奈美、なんと初出場の高校駅伝で区間新記録。9分19秒と言う好タイム。この4区で一気に26秒も詰めて来た城華大付属。さぁ、レースの行方は5区に託されました」
私の携帯を覗き込む工藤知恵は安堵のため息を漏らす。
いや、今現在リードしているのは桂水高校なのだが。
よくよく考えると、ライバル同士である桂水高校と城華大付属が一緒に中継を見てるというのも妙な話だ。
5区のレースはまったく動きが見られなかった。
葵先輩は後ろに山崎藍子がいるにもかかわらず、最初から落ち着いたペースで走る。山崎藍子もそのペースに付いて行くかのように決して差を詰めようとせず、1キロを通過した時点で両校は5秒差のままだった。
テレビで見る限り、葵先輩は本当に落ち着いた走りをしていた。
あきらかに余裕を残して走っている。
山崎藍子に追い付かれてからが本当の勝負だと思っているのかもしれない。
ただ、藍子も随分と慎重だ。
決して焦って追いつこうとはしない。
1キロ通過の時点では5秒差。
2キロ通過時が3秒差とゆっくりと差を詰めて行っているに過ぎない。
タイム的に葵先輩は若干抑えているような感じがする。
それなのに藍子が早々に追い付かないところを見ると、どこかで一気に仕掛けるつもりなのかもしれない。
「この勝負、どっちが勝つと思います?」
工藤知恵の一言に、私と彼女を包み込んでいた静寂がシャボン玉を割るくらい簡単に消え去った。
彼女の質問に、私はバスの中だと言うのを忘れ、声を出して笑ってしまう。
「失礼な。私は自分の学校が勝つことを信じて疑ってないわよ」
それを聞いて、自分がした質問がどれだけ場違いなものだったか気付いたのだろう。工藤知恵は顔を真っ赤にしながら、「確かにそうですね。失礼しました」と恥ずかしそうにつぶやいていた。
3キロを通過すると同時に藍子が葵先輩に追い付く。
そのまま抜かすのかと思いきや、藍子は葵先輩の後ろへぴったりと付いて走る。
藍子め、とことん葵先輩にプレッシャーをかける気なのだろうか。
でもそう簡単には行かないと思う。
「さぁ、先頭に追い付いた城華大付属の山崎。しかし、ここは追い付くだけ。まずは相手に少しでもプレッシャーをかけようと言うのか。山崎は昨年の県高校駅伝、そして都大路もアンカーを走っているだけあって、こう言った駆け引きが非常に得意です。しかし対する桂水高校の大和も非常に落ち着いている。まるで追い付かれるのが分かっていたかのような走り。追い付かれても表情ひとつ変えることなく、淡々と走っています」
解説者の言う通り葵先輩は非常に落ち着いていた。
藍子に追い付かれてからどころか、紗耶からタスキを貰った時から、まったく表情を変えることなく走り続けている。
藍子の性格からして、後ろにぴったりと付くのは300m位が限界かと思っていた。なんと言うか、私の中で藍子は、どことなく我慢が出来ないイメージがあるのだ。
しかし、後ろにぴったりとついたまますでに500mも走っている。
「何よ藍子。まさか本気で勝つ気なの?」
「いえ、さっき私が言われた言葉をそっくり返しましょうか?」
何気なくつぶやいた一言に工藤知恵がツッコミを入れる。
まさにさっきとは真逆の展開だ。
このレースを見ていて、気になることがひとつだけあった。
藍子の走りは何となく理解出来た。
では、葵先輩はどうする気なのだろうか。
早めにどこかで仕掛ける気でいるのか。
それとも、山崎藍子が前に出たらひたすら付いて、ラストで仕掛ける気なのか。
今の葵先輩の走りからは全く想像がつかない。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻