風のごとく駆け抜けて
バスが到着すると工藤知恵は、「お疲れ様でした」と気まずそうに一言言って席を立った。私もずっとここで泣いているわけにもいかず、気合いを入れて立ち上がりバスを降りる。
そのまま真っ直ぐにゴール下へと向かう。
紘子と永野先生、由香里さん、晴美がいた。
葵先輩は着替えに言っているのだろうか。
「聖香さん、すいませんでした。自分がもっと桂に喰らい付いていれば」
謝って来る紘子の眼からは取り留めなく涙が溢れていた。
「別に紘子が悪いわけじゃないでしょ。紘子はよく頑張ったよ。気持ちを切り替えて来年また頑張ろうよ」
紘子を落ち着かせようと優しく笑おうとするが、私自身涙が止まらずまったく笑えていなかった。
しばらくすると麻子と紗耶も帰って来る。
麻子が紗耶の荷物を持ち、肩を貸すような状況でこっちに歩いて来る。
紗耶がどこか脚でも痛めたのかと思ったが、そうでは無かった。
「みんなぁ、本当にごめん。わたしのせいだよぉ。わたしがすべてを台無しにしてしまったんだよぉ」
自分では立てないくらいに紗耶は泣きじゃくっていた。
いつか見た大泣きする永野先生のインタビューを思い出す。
が、今の紗耶はそれ以上に酷い状態だった。
「ひろちゃんとせいちゃん、あさちゃんが作ってくれたリードを、わたしがすべて台無しにしちゃったんだぁ。本当にみんなごめんなさい。私が情けない走りをしたからぁ。あおちゃん先輩にも負担を……」
そのまま紗耶は麻子の肩から崩れ落ちる。
その場に正座するような形で座り込み、ひたすら泣き続けた。
いつもなら、こう言う時は麻子の出番となるのかも知れない。
でもその麻子すら泣いており、もはや誰も紗耶に声を掛けられない状態だった。
私もその場で泣き崩れており、動くにない状態だった。
「お前ら、とりあえず泣くのを辞めろ。別に誰が悪かったってことじゃないだろ。藤木だって３キロの自己記録を塗り替えるペースで走っているじゃないか。悔やむことなんてないだろう」
永野先生の言葉が耳に入って来るのだが、本当に入って来るだけ。
頭の中では言葉の内容がまったく理解出来ず、私はひたすら泣き続けてしまう。
「まったく、みんなどうしたのよ？ そんなに泣きじゃくって。ここはお通夜会場なわけ」
後ろを振り返ると葵先輩が着替えから戻って来ていた。
「ごめんねみんな。最後抜けなかった。せっかくみんながうちにタスキを繋いでくれたのに、台無しにしちゃった。本当に一生恨んでくれてもいいから」
胸の前で両手を合わせ苦笑いしながらペロと舌を出す。
私は葵先輩が涙ひとつ流していないことに気付いた。
他のみんなも気づいたのだろうか。みんなの顔が驚きと戸惑いの表情に変わる。
「だいたい、泣く必要なんてないでしょ。確かに都大路に行けなかったのは残念だったわ。でも、あの城華大付属をあそこまで追い詰めたのよ。胸張りなさいよ。それにあなた達にはまだ来年があるんだから。来年また頑張ればいいじゃない。ね、そうでしょ？」
葵先輩の一言に私を含め全員が泣くのを辞める。
「分かりました葵さん。来年こそは絶対に都大路に行ってみせます」
やはりこう言う時、真っ先に返事を返すのは麻子だ。
「さすが麻子。時期キャプテンは切り替えが早いわね」
「はい？ キャプテン？」
言われた麻子が自分の指で自分を指す。
「もう今年の駅伝は終わったのよ。だから麻子、あなたが今からキャプテンよ。まぁ、うちは前にも言ったとおり防衛大に行きたいから、体力を落とさないためにも、部活には当分出続けるけど……。でも、部活を引っ張って行くのは麻子に任せるわ」
「それはそうですが、なぜあたしなんですか？ 聖香の方が足が速いですよ？」
「いや湯川。別に速い奴がキャプテンになるシステムを作るつもりはないぞ。今年は大和１人だったが、毎年、３年生の話し合いで次のキャプテンを決めてもらおうと思ってる。と言うか私から見てもお前たちの代で一番キャプテンに相応しいのはお前だと思うしな」
永野先生の説明に誰もが頷く。
気付くとこの時点で、誰もがもう泣いていなかった。
泣いてばかりはいられないのだ。常に私達は前へと進まないといけない。
そして駅伝の次の日……。葵先輩は学校へ来なかった……。
さらに次の日、部活にやって来た葵先輩は、いったいどれくらい大泣きをしたのだろうか？ 目元が真っ赤に腫れていた。
でも葵先輩はそのことについて何も言わないし、私達も聞くことが出来なかった。
ただ、駅伝のゴール後に涙ひとつ見せなかったのは、葵先輩なりの優しさだったのだと、この時初めて感じた。
もしかしたら自分がみんなの前で泣いたら、みんなに責任を感じさせることになると思たのだろうか。
真相は分からないが、私はこの時、葵先輩のすごさを改めて感じだ気がした。
作品名：風のごとく駆け抜けて 作家名：毛利 耶麻