風のごとく駆け抜けて
「あの、隣良いですか?」
遠慮気味に言う工藤知恵に私は笑顔で頷く。
昨年の宮本さんと言い、工藤知恵と言い、どうして城華大付属の選手は私の隣に座ろうとするのだろうか。
「さぁ、3区もラスト200mを切りました。3区で大きく差を広げて来た桂水高校の湯川。懸命にスパートをしています。そして待ち受けるは同じ2年生、昨年も4区を走った藤木」
「正直、あたしは澤野さんに完敗でした。ずっと澤野さんが最初のペースで走り続けてくれてたら、傷も最小限で済んだのかもしれませんが。途中の揺さぶりが相当ダメージでした。ああ言う戦法もあるんですね。勉強になります」
「いや、あれはたまたまだから」
苦笑いしながら、工藤知恵に返答をすると同時に、携帯の画面では麻子と紗耶がタスキリレーをする。
「さぁ、4区を先頭で飛び出した桂水高校の藤木、落ち着いた走りをしております。そして遅れて中継所に姿をみせたのは2位の城華大付属。3区の貴島から4区西へとタスキリレー。前を行く桂水高校とは31秒差」
「大丈夫です。ここまでは、あたし達の中では十分に許容範囲内です。4区から一気に巻き上げますよ」
工藤知恵は私の携帯を覗き込んだ後で、私に向かって歯を見せながら笑ってみせた。
「でも、お互いの高校に4、5区の差はそれほど無いと思うけど。いや、西さんがどれくらいで走るかは知らないけど」
「ふふ。真奈美さんは秘密兵器ですからね。多分3000mなら9分15秒で行けますよ。藍子さんですら歯が立ちませんから。ただ、距離に不安があるのと、阿部監督の作戦からここに入れてあるんです」
一瞬、工藤知恵の言うことが信じられなかった。
でも、その言葉に嘘が無いことはすぐに分かる。
貴島由香からタスキを貰った西選手はものすご勢いで走り始めた。
まるで紘子が走っているような勢いで。
紗耶が1キロを通過したところでバスが動き出した。
紗耶の1キロ通過は3分12秒。
脚もしっかりと動いているし、紗耶自身には全く問題は無い。
問題は後ろを走る西選手だ。
なんとこの1キロを3分5秒で通過する。
城華大付属がタスキリレーをした時に桂水との差は31秒あった。
それをこの1キロで7秒縮めていた。
解説も西選手の走りに驚きを隠せなかった。
「これはあきらかに勢いがあります城華大付属の西。さぁ、先頭を行く桂水高校との差をどこまで縮めることが出来るのか」
解説者が興奮気味に語った後で画面は先頭を行く紗耶に戻る。
しかし、右下に小さく西選手を映し出した映像も入るようになった。
テレビスタッフも西選手の走りに注目しているのだろう。
「真奈美さん、私が入学したころは故障してました。でも6月からようやく練習が出来るようになって。なんでも阿部監督が、真奈美さんだけ練習メニューを普通の半分にしたそうです。そしたら故障せずに継続して走れるようになったみたいで。私なんてものの2週間で抜かれちゃいましたよ。まぁ、元がすごい人ですからね」
「いや、あなたも十分にすごいと思うけど。前に藍子があなたのことを褒めてたわよ。現に高校から走り初めてこれだけの走りが出来るなんて、そうそういないと思うわ」
私が言うと工藤知恵が照れ気味に笑っていた。
この時私の頭の中では、麻子が「あたしは? あたしも高校から初めてしっかり走ってるんだけど〜!」と訴えていたが、あえて無視をすることにした。も
ちろん、麻子がすごいのは嫌と言う程分かっている。
正直、麻子が城華大付属に行っていた日には、桂水高校は太刀打ち出来なかっただろう。
その前に麻子がいなかったら、きっと私は走っていなかったはずだ。
そう考えると、今の自分と桂水高校女子駅伝部があるのは、麻子のおかげと言っても間違いではなさそうだ。
さすがにそれを面と向かって麻子に言うのは恥ずかしいので、心に秘めておくことにする。
そんなことを思っていると、紗耶が2キロを通過する。
2キロの通過は6分29秒。
このまま行けば紗耶にとって3000mの自己新を出せるペースだ。
問題なくしっかりと走れている。
でも……。
「さぁ、間もなく2キロを通過しようとする城華大付属の西。この西は3年生にして駅伝初出場となりますが、実は彼女、高校生になっての初レースがこの駅伝と言うことになるそうです。
中学生の時に全国でも上位に入り、期待されて城華大付属に入学。
しかしながら、度重なる故障に見舞われ、ここまで記録会を含めて一度もレースへの出場はありませんでした。
『私にとってこれが最初で最後かもしれないレース。だったら最高の走りをしたい。それに私も伝統ある城華大付属の3年生。1、2年が主体のチームですが、それでも3年生の意地はある。後輩たちに連れて行ってもらうんじゃない。あくまで私達3年生が彼女達を都大路へと連れて行くんです』
レース前にそう話していた西真奈美。
その言葉通り、力強い走りをしています。とても高校初のレースとは思えない走り。そして今2キロを通過。先頭との差をまた縮めて来ました。なんとこの1キロで11秒詰めて来た。中継所では31秒あった両校の差が2キロ地点では13秒差にまで迫って来ています」
もう2人の差は70mくらいしかない。
でもけっして紗耶が悪いというわけじゃない。
正直、西さんがすごすぎるのだ。
さすが城華大付属、選手層の厚さはとんでもない。
「お願い紗耶、頑張って」
私に今出来ることはただ祈るのみだった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻