小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

風のごとく駆け抜けて

INDEX|173ページ/283ページ|

次のページ前のページ
 

付近に距離表示は無いが、先ほど2キロ地点を通過したところから考えると、残りは1500mを切ったところか。

ふと、永野先生が一ヶ月前に言っていたことを思い出す。

「今のところ、澤野が今季山口県の1500mではランキング1位だな。3000m障害で高校ランキング1位の上に、1500mで県1位とはさすがだな」

もちろん、紘子や雨宮桂が1500mを走ったらどうなるかは分からない。でも公認記録上では私が県で1位なのだ。

そう考えると、残りの距離をますます頑張ってやろうと言う気になった。

応援の間隔からして、工藤知恵とはすでに7秒近く差が付いている気がする。
出来ればもう10秒は離してしまいたいのだが。

歩道に『ラスト1キロ』の看板が現れる。
さすがに前半をオーバーペースで突っ込んだだけあって、息がかなり上がっている。

それでも脚はまだ前へ前へと進んでくれる。
なにより、心が前へと行こうとしているのが一番ありがたかった。

走っていて失速する原因の大半は、まず心が折れることだと、前に永野先生が言っていた。「体が限界に来ていても気持ちが負けていなかったら走れるんだよ。まぁ、その代りそう言う時はゴールしてから倒れ込むがな。現に私も何度か経験がある」

私も総体の1500mで倒れ込んでしまったので、永野先生の言いたいことは十分に分かる。

今の自分はこのまま走り続けて倒れることが出来るだろうか。
そう考えると、不思議なことにまだ余裕がある気がした。

だったら倒れるまで走ってみようじゃないか。
そう自分に言い聞かせ、私は残りの距離を必死で走る。

2区は平坦の直線コースのため、ラスト300m付近になると遥か先に人だかりが見え始めた。

麻子の待つ第2中継所。3区のスタート地点だ。

ラスト200m付近で私は早々とタスキを取る。

紘子から貰った時よりも重くなっているそのタスキを両手で持ちながら、最後のスパートをかける。

中学生の時に、顧問の先生から「タスキを相手に渡す時は両手で持って、相手が取りやすいように真っ直ぐ伸ばして渡すように」と教わった。

と、麻子は大丈夫なのだろうかと思った。

良く考えたら昨年はアンカーだったので、誰にもタスキを渡していない。
誰かにタスキを渡すのは今回が初めてのはずだ。

いや、中学生の時に桂水市駅伝で渡しているので大丈夫だろう……。
と信じたい。

「聖香! ラスト! 頑張って!」
麻子の声で我に返る。
いったい自分は何を考えていたのだろうか。
もしかして本当に体が限界にきて、走馬灯のような感じにでもなっていたのか。

麻子の声に我に返ったが、残りはまだ100m近くあった。

まったく、麻子め。
今から走るのだから、そこまで大声を出さなくても良いのに。

残り50mなると麻子の姿もはっきりと確認できるようになった。
麻子は中継所に立ちながら、早く走りたくてたまらなそうにソワソワと動いていた。

「お願いだから、余計な体力を使わずにじっとしていて!」
心のなかで叫ぶが、むろん麻子には届かない。

「聖香! ラスト!」
大丈夫だよ麻子。そこまで両手を振らなくてもちゃんと見えてるから。
あなたは、無人島の砂浜で沖にいる船を発見した漂流者か何かの?

最後の30m。もう無心に近い状態で走る。

「聖香お疲れ」
「あと、任せた」
麻子に一言声をかけ、タスキを渡す。
本当に倒れてやろうと思って走ったが案外倒れないものだ。

それとも、そう意識している時点で、まだ体には余裕があるのだろうか。

沿道の人が携帯で見ているのだろう。更衣室に荷物を取りに行く途中で、テレビ中継の声が耳に入って来る。

「さぁ、2位の城華大付属が今タスキリレー。前を行く桂水高校とは19秒差。23年連続で都大路に出場している城華大付属。3区を1位以外でスタートするのは実に14年ぶりのことです。そして速報が出ました。2区を走った桂水高校の澤野の記録が12分48秒。区間新記録。まだ、すべての選手が走り終わっていないので分かりませんが、これで澤野が区間賞だった場合、2年連続の区間賞と言うことになります。しかも今年は区間新」

言われて自分の時計を見ると、まだ時計が動いたままになっていた。
走るのに必死で時計を止めるの忘れていたようだ。

更衣室で着替え外に出ると、アナウンサーからインタビューを求められる。
その時初めて自分が区間賞を取ったのだと知る。

3000m障害で高校新を出した時は雑誌の取材だったが、テレビのインタビューと言うのは生まれて初めてで随分と緊張してしまった。

それを終え、競技場に帰るバスに乗ると、何人かの選手がすでに乗車していた。

みんなそれぞれ携帯でテレビ中継を見ているのだろう。
アナウンスの声がバスの中にこだましている。

バスの前側に座り、私も携帯でテレビ中継を見る。
ちょうど麻子がラスト200m辺りに差し掛かっていた。

それを確認すると同時に影が映る。
横を見ると工藤知恵が立っていた。