風のごとく駆け抜けて
私が帰って来てしばらくすると3000mの決勝が始まる。
まずは1組目。朋恵の登場だ。
「そう言えば、朋恵ちゃんって大会に出るの初めてだよね。これだけの大人数で走って大丈夫かな」
「あさちゃんじゃないんだからぁ。きっと大丈夫だよぉ」
晴美の不安を打ち消すように紗耶は笑って答える。
昨年、陸上の大会に初出場した麻子は見事にスタートで扱けた。
晴美は朋恵が同じようなことにならないだろうかと心配していたのだろう。
それにしても、麻子じゃないからとは紗耶もわりと酷いことを言う。
当の朋恵は一番アウトからのスタートだった。
「まぁ、大人数が初めてだと外側から走った方が気楽でいいかもしれないけど……。大丈夫なの朋恵? 私がアップに出かける前は随分と緊張していたみたいだけど」
「大丈夫だよぉ! せいちゃん。せいちゃんを応援する時は、いつものともちゃんだったよぉ」
紗耶の一言を聞いて私は少し安心する。
「それはそうと、朋恵の3000mベストっていくつだったけ?」
「先週のタイムトライアルで出した12分48秒かな。でも朋恵ちゃんは3000mを走る度にベストを更新してるんだよ。もしかしたら、今日も更新するかな」
私は素直にすごいと思った。
入部してすぐに走った時が19分だった。
それが今や12分58秒。五ヶ月で6分も縮めて来ている。
もとが初心者でそんなに速く無かったこともあるが、それを差し引いても十分に才能がある気がする。
1組目がスタートすると朋恵は積極的に前へと進み、中盤辺りについて行く。
朋恵が私達の前を通過する時に精一杯声を出して応援をする。
朋恵の400m通過タイムはベストに比べるとかなり速いペースだった。
でも不思議とこれがオーバーペースであるとは感じなかった。
もしかしたら朋恵はこのペースで3000mを走り切ってしまうのではないのだろうかと思えてしまう期待感があった。
それくらい朋恵の走りは落ち着いて見えた。
「そう言えばいつも3000mのタイムトライをやる時は、朋恵ちゃん1人で走ってるかな。それが今日は前に人がいっぱいいるから、走りやすいのかも」
晴美の意見はマネージャーをやってるからこそ気付くことだった。
確かに、部で一番遅い朋恵とそれより一つ前の紗耶とでは、3000mで3分近い差がある。
当然それだけ差があると朋恵は1人旅をせざるを得ない。
と、今初めて気付いた。
朋恵は今まで、1人で走って自己記録を更新し続けて来たと言うことか。
もはやこれは才能以外の何物でも無い気がして来た。
朋恵は400mを過ぎた後も積極的な走りを続ける。
大きな集団の一番後ろに付いていたが、1人また1人と朋恵は抜いて行き、2000mを通過した時点で集団の3番目辺りを走っていた。
「朋恵、頑張って! 大幅に自己記録を更新出来るよ」
「ともちゃん、良い感じ。前に追い付けるよぉ」
私も紗耶も必死で応援をする。
残り2周。電動計時を見ると、まだぎりぎりで7分台だった。
これはひょっとしてとんでもない記録が出ようとしているのかも知れない。
残りの2周、朋恵は懸命に走った。
夏合宿の走り込の成果なのだろうか、最後の最後まで朋恵のフォームは崩れることなく、ペースを落とさずにゴールをする。
晴美のストップウオッチは10分48秒で止まっていた。
「うそ、朋恵ちゃん大幅に記録更新かな」
「いや、朋恵11分台を通り越していきなり10分台を叩きだしてるんだけど」
「すごいよぉ。ともちゃん、ものすごく速くなってるんだよぉ」
私達は驚きを隠せなかった。
朋恵が3000mで10分台を出したのだ。
まさにこれは朋恵の才能と努力の結果と言っていいだろう。
一番足が遅いからと腹筋を頑張っていた朋恵。
その努力がハッキリと形になって表れたレースだった。
そして、その朋恵の走りをスタート前に見て刺激を受けたのだろう。
2組目を走る葵先輩と麻子もスタートと同時に積極的な走りをみせる。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻