風のごとく駆け抜けて
2組には城華大付属から雨宮桂、工藤知恵、山崎藍子がエントリーしていた。
紘子がいないため、雨宮桂が独走すると思ったが、そうでは無かった。
雨宮桂はあきらかに藍子と工藤知恵のペースメーカをしている。
その証拠に、200mごとに自分の時計でタイムを確認していた。
9分20秒ペースで引っ張るとか、雨宮桂はどれだけ調子がいいんだか。
しかしこの状況は桂水高校からしてもチャンスだった。
葵先輩と麻子も雨宮桂に付いて行き、先頭集団は5人となっていた。
1000mの通過が3分6秒。
雨宮桂はきっちりとペースを刻んでいる。
後ろの4人も誰1人脱落することなく付いて行く。
「このまま行けば、大和先輩も麻子も自己新かな。それにしても大和先輩、すごく積極的かな」
晴美の言う通り、今日の葵先輩は積極的に前へと出ていた。
雨宮桂に付いて行く4人の集団の中で葵先輩は藍子に続ぎ2番目を走っている。今までだったら間違いなく4番目を走っていただろう。
2000mを過ぎてもレースはまったく動きを見せなかった。
雨宮桂が引っ張り、ひたすら4人が付いて行く。
あえて言うなら、工藤知恵が若干遅れそうになっているくらいか。
それでも十分に一塊の集団と言っていいくらいの差しかなかった。
2400mを通過すると、工藤知恵が5m程ではあるが遅れ始める。
そして、雨宮桂を先頭に4人の集団がラスト1周にかかり、鐘が鳴った瞬間だった。
初めからこう言う約束だったのだろうか。
雨宮桂がものすごい勢いでスパートをかける。
まるで世界陸上やオリンピックの長距離種目で、アフリカの選手がラスト1周で優勝争いをしているかの様な、そんな感じだった。
さながら400m選手……。
いや、下手をすると高校総体で見た400m予選より速いのではないのだろうか。
それくらい雨宮桂は速かった。
当然、藍子と葵先輩、麻子はまったく付いて行けずに一瞬で離され、縦一列になる。藍子、葵先輩、麻子の順だ。
公式戦の3000mで残り1周を切り、葵先輩が麻子の前を走っていると言う光景は始めて見る気がする。
雨宮桂はラスト1周をなんと58秒で走り、9分7秒13と県記録に迫る勢いだった。
2位争いは熾烈を極める。
なんと葵先輩がラスト200mまで藍子と競り合っていた。
さすがにそこから力の差が出たのか、ゴールした時には2秒程差があったものの、藍子が9分21秒03、葵先輩が9分23秒95だった。
4位が麻子で9分25秒62。5位に工藤知恵が9分30秒71でゴールする。
私の記憶が正しければ、葵先輩が公式戦で麻子に勝ったのはこれが初めてではなかろうか。
確かに葵先輩は3年生になってから練習に積極的になっていた。
麻子が「走っていてプレッシャーをものすごく感じる」と言っていたこともあった。
そう考えると、本当に努力をしていたんだろうなと思う。
その努力が今日ようやく結果として表れたのだ。
私達の所に帰って来た3000m出場者の表情はまさに三者三様だった。
朋恵は驚きを隠し切れないと言った感じだったし、葵先輩はどこかほっとしたような顔をしていた。
麻子はてっきり悔しがっているかと思っていたが、なぜか満足げだった。
さすがの私もこれは少しだけ意外だった。
「出せる力はすべて出し尽くしたしね。それにこのタイム、自己新だし。その上で葵さんに負けたんだもの、そこは葵さんを褒めるべきでしょ」
麻子は屈託のない笑顔で私に微笑む。
一方朋恵にいたっては、
「あの……。わ、私が本当に10分台を出せたんですよね。正直、未だに信じられないのですが。まるで夢のようです」
と何度も時計と晴美が書いた記録を確認していた。
「さて、皆さんお疲れ。今、綾子から電話があったわ。どうもこっちに着くのは20時頃になりそうなんで、旅館で合流だそうよ。綾子からの指示で移動前にダウンをしっかり行うようにって。それと、藤木さんは明日に向けて調整を確実に行うようにと。あと、若宮さん5000mで15分36秒だったみたい。って私は記録をいわれてもあまりピンとこないんだけど」
誰もが聞いた瞬間に耳を疑った。
葵先輩が由香里さんに聞きなおし、朋恵が紘子に電話をする。
その朋恵の電話から本当に15分36秒を出したことが分かると、みんな脱力をする。
「いったいあの子はどこまですごいのよ。単純計算、さっきのあたしの3000mのタイムとほとんど変わらないペースで5000m走ってるじゃない。秋になって絶好調ね。なんか良いことでもあったのかしら」
麻子の一言に私は晴美を見る。
私の視線に気づいた晴美は、意味ありげにクスッと笑っていた。
ダウンも終わり、いつもの大変趣きのある旅館へと向かう。
玄関を確認するとやはり今回も城華大付属が利用していた。
部屋へ入り、荷物をまとめ直し、お風呂に入ってから晩御飯となる。
御飯を食べる大広間の入り口で、偶然出会った雨宮桂が私に声をかけて来た。
「今日はあのセクシーと言うかかなり際どいメイド服じゃないんですね」
「それ、今日で2度目だから。さっき貴島由香にも言われたわよ」
「あれぇ? まったくキジ先輩は。まぁ、それよりも、御飯終わって19時にロビーで待ってます。じゃぁ」
雨宮桂は私の返事も聞かずに大広間の中へと行ってしまった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻