小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

風のごとく駆け抜けて

INDEX|154ページ/283ページ|

次のページ前のページ
 

そして迎えた800mタイム決勝最終組5組目。
いよいよ私の出番だ。

昨年のこの大会で優勝したからだろうか? 
それても県総体の成績が考慮されているのか? 

私は3レーンからと言う絶好の位置からスタートとなっていた。
すぐ目の前にある4レーンには千鶴がいる。

相手が千鶴で距離が800mと短いため一瞬の油断も出来ない。
幸いにも私が3レーンから追いかける側だ。

スタートと同時に千鶴を追いかけるようにスピードを上げて駆け出す。

100m走り、セパレートからオープンになった所で、千鶴が4レーンからインへと入って来る。私も千鶴と並走しながらインへと入っていく。

バックストレートの直線。
私と千鶴はぴったりと並走して先頭を走る。

横にいる千鶴は息をほとんど乱すことなく走っている。

夏休みにスピード練習をやっていただけはある。
私は、若干息が切れ気味になっていると言うのに。

200mを走り、カーブになった所で、千鶴はあっさりと私の後ろに下がった。
カーブを並走するとその分距離が長くなる。
それを嫌ったのかもしれない。

これが偶然なのか、策略なのかは分からないが、後ろから千鶴がぴったりと付いて来るこの状況はものすごくプレッシャーがあった。

正直、先頭を走っていると言うより、先頭を走らされていると言った感じだ。

ヘビに睨まれたカエルの気持ちがほんの少しだけ分かる気がした。

ホームストレートを駆け抜け、ラスト1周の鐘が鳴る。
ここで仕掛けて来るかと思ったが、千鶴はまだぴったりと私の後に付いたままだ。

なぜか私はこの時、自分の走り方について考えていた。
私が先頭で走り続け、相手がひたすら付いて来る。
その相手と最後まで競り合いを続けて勝つのが私の勝ちパターンと言っても良い。

多分、この走り方は中学生の時から変わっていない。
このレースも完全にそのパターンだ。

千鶴は夏もスピード練習をしていたと言っていた。
もちろん、今回800m、1500mで優勝するためだ。

その目標のために一番の敵となるのが多分私だ。

もしかしたら、私を倒すために私の走り方を研究しているかもしれない。
つまりは、ひたすら先頭を引っ張る私のレースパターンを熟知している可能性もある。

ふと思った。

それを自分から崩したらどうなるのだろうと……。

思いついた瞬間、私はギアーを一段落とすように、スピードを緩めた。

「ちょっと……」
後ろから千鶴の声がした。

どうも、私がペースを落としたため、ぶつかりそうになったのだろう。
その証拠に千鶴の足が私の蹴り足に当たった。

私がそのままさらにもう一段ペースを落とす。
千鶴も一緒にペースを落とすが、我慢しきれなかったのだろう。

30mも行かないうちに前に出て来た。

前に出た千鶴の後ろにぴったりと私は付く。

でも……。県総体で戦った時のような凄みがまったくなかった。
バックストレートを抜けラスト200mになる。

ここでもう一度勝負を仕掛けようと前へ出る。
前回同様、ラストでの争いになることを覚悟して。

だが、千鶴はほとんど抵抗することなく私に先頭を明け渡し、後ろを付いて来ることもなかった。

ラスト100mの地点で、後ろからの足音も息遣いもまったく聞こえなかった。

油断をしないようにしつつ、千鶴が追い付いて来たら対応出来るように気を張りながら、いつものラストスパートよりは一段ペースを落としてラスト100mを駆け抜ける。

明日の1500mに備えて少しでも体力を温存しておきたかったのだ。

私がゴールして一息つくと千鶴がゴールする。

「やられた。あれは完全に予想外だった。あれで完全にリズムが崩れたわ」
千鶴が悔しそうに私を睨む。

「いや、私もあそこまで効果があるとは思わなかった」
「完全に想定外だったのよ。夏休みも県総体の1500mを思い出しながら、ひたすらあなたに付いて行くイメージで練習してた。もちろん、自分が前に出ることも想定してたけど、それは聖香と競り合って競り合って、前に出るイメージだったのよ」

そこまで言って千鶴はため息をつく。

「まさか、自分からペースを落として来るとは思わなかった。正直、完全にあそこで気持ちが切れてた……。あたしもまだまだね」
スタンド下に移動しながら千鶴は笑っていた。

「すごいよぉ、せいちゃん。県選手権、800mで2連覇だよぉ」
スタンドに帰ると紗耶がものすごい笑顔で迎えてくれる。
晴美が手を伸ばし、ハイタッチを求めて来るので、それに応える。

「本当に澤野さんすごいわね。でもラスト1周を過ぎた辺りで一度ペースが急激に落ちたように見えたけど大丈夫?」

心配そうに私を見る由香里さんに「あれは作戦ですから大丈夫ですよ」と答えつつ、由香里さんもしっかりとレースを見ているのだと感心する。