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風のごとく駆け抜けて

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県選手権の当日、私はプログラムを見て驚いた。

「な……なんで清水千鶴が800mにエントリーしてるのよ。って、1500mにまでエントリーしてるし」

競技場の玄関前でプログラムを由香里さんから受け取り、その場で確認をしてみたらこのありさまだ。

県総体で接戦を演じた相手と今度は2種目で戦うことになった。
2種目ともまったく気が抜けない戦いとなりそうだ。

でも、なんでだろう。すごくワクワクする自分がいる。

「それよりも澤野聖香。なんであなたはまた3000mにエントリーしてないのかしら」
私の驚いた声が聞こえたのだろうか。
横を歩いていた城華大付属の集団から、山崎藍子がやって来た。

「あなたは私と勝負する気が無いのかしら。それとも、負けると分かって逃げてるわけ」
「だから、そっちはどうか知らないけど、うちの学校は監督が出場種目を決めるの。だいたいそんなに私と勝負がしたいなら、次の総体であなたが1500mに出場しなさいよ」
私が少しだけ口調を荒げて言うと、山崎藍子は妙に納得していた。

よく見ると藍子の後ろに貴島由香もいる。

「やっほー。あれ、澤野さん今日はメイド服じゃないんだね」
貴島由香はワザとらしく笑う。
それとは逆に私は苦笑いをするしかなかった。

「今、プログラム見たよぉ。きじゆーも1500mなんだ。まるで中学の時を思い出すんだよぉ」
紗耶が貴島由香を見て嬉しそうにはしゃぐ。
よく考えてみると、紗耶が1500mに出場するのは高校生になって初めてだ。

スタンドに上がり、ゴールの真上付近に荷物を置く。
ここが桂水高校のいつもの場所となっていた。

「それにしても、着いてすぐにアップに行かないといけないってのは落ち着かないわね」
愚痴を言いつつも、私はスポーツバックからスパイクやユニホームを出し準備を始める。

「でも……。早く終わるから良いと思います」
「いや、私明日もあるから……。って、どうしたの朋恵? 表情がガチガチじゃない。もしかして緊張してる?」
「いえ……。そんなこと無いですよ。ほら、手だって叩けますし」
朋恵がパチパチと拍手をするが、いったい何の意味があるのかさっぱり分からない。

「那須川さん……。それはお酒に酔った時に、あまりに酔いすぎると手を叩こうにも、両手が同じ場所に来なくて手が叩けないってやつでしょ?」
由香里さんに言われ間違いに気付いたのだろう。
朋恵が顔を真っ赤にして大人しくなる。

「さて、オチが着いたところで私はアップに行ってくるわね」
私は笑顔で元気に出かける。

アップ会場になっている補助競技場の前で千鶴に出会った。

「あれ? 聖香。久々だね。てか、ビックリしたお互い2種目出場なんだね」
久々にみた千鶴は満面の笑みだった。
心なしか、県総体の時よりも体が細くなった気がするし、ハーフパンツから見える脚は、あきらかに前よりも引き締まっていた。

どうもあれから相当練習をしているようだ。

「てか、そっちはなんで2種目出場なわけ? 私の方は顧問が決めるたからだけど」
私が尋ねると千鶴は一瞬だけ笑う。

「2種目同時に県制覇ってのも良いなって。もちろん聖香を倒してね」
「確かに良いわね。私も狙っちゃお」
「ふ、甘いわよ。あたしが通う野田川は長距離の人数が少なくて駅伝メンバーが組めないの。だからあたしは、夏休みもスピード練習ばかりしていたわ。この意味が分かるでしょ?」

この一言には苦笑いするしかなかった。

通常、夏休みぐらいになると、どの学校も走り込を始める。
駅伝のために体力をつけるためだ。

しかし走り込が多くなる分、スピードが若干落ちる。
それでも駅伝前には走り込をやらざるをえない。

なぜなら、駅伝は最低でも3000mを走らないといけないからだ。

その練習をせずにスピード練習ばかりしていたらしい千鶴。

これは強敵になるかもしれない。
そう思いながら、いつも以上に念入りにアップを行う。