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風のごとく駆け抜けて

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「ただいま」
私が駅伝部に割り当てられた教室の扉を開けると、中にいるお客さんが一斉にこっちを見る。

ぱっと見ただけで50人くらいはいるだろうか。

「はーい。みなさん。大変お待たせしました。我らがアイドル、澤野聖香ちゃんのおかえりでーす。それではみなさん!先ほどのセリフをどうぞ〜!」

「「「お帰りなさいませ、聖香様」」」

 聖香様? アイドル?
ツッコミたいことがたくさんあった。

なぜ、葵先輩がノリノリで司会をやっているのか。
どうして、お客さんがこんなにもいるのか。
そして、何をしたらここまでお客さんのテンションが高くなるのか。

「それでは、みなさん。飲み物は行き渡りましたね」
葵先輩の元気な声に、お客さんも元気よく返事を返す。

「では、聖香ちゃん! よろしく」
いきなりふられて私は一瞬戸惑う。

「飲み物よろしくってやつをやるのよ。練習したでしょ」
入口付近にいた麻子が小声で私に言ってくる。

あ……あれをやるのか。
恥ずかしいのだが……。

もはやこの状況では、そんなことを言っている余裕はなさそうだった。

入り口から、教卓の前に移動する。
それだけで、あちこちから歓声があがる。

私はまだ何もしてないのに。

教室の前から見ると、お客さんの視線が全て私に集まっているのが分かる。

もう、やる以外に選択肢はない。
私はゆっくりと息を吸って、止める。

「美味しい飲み物、召し上がれ★ 私のラブもあげちゃうぞ♪」
なんとも恥ずかしすぎるセリフを言いながら、胸の前で両手を回し、最後に両手で綺麗なハートを作る。もちろん、はじけるような笑顔も忘れない。

ここ3日間、葵先輩の厳しい指導の下、何度も練習をしたのだ。
間違いなく完璧に出来た。

その証拠に、教室中からものすごい歓声があがる。

あ、なんだかすごく快感。

まるでアーティストのライブ終了時のように私は両手を振って、歓声に応える。

窓側から教室の入口方向に向かって手を振り続け、入口付近をふと見た瞬間に現実に引き戻された。

さっきの城華大付属メンバー全員が入口付近に立っていた。

「ど……どこから見てたの」
恥ずかしさのあまり、自分の顔が赤くなっているのが分かる。

「最初からよ。あなた普段はこんなキャラなの? いえ、良いのよ。人生は人それぞれだから。それに私はあなたと勝負して勝てれば、他のことは別にね……」

山崎藍子がすごく憐みの眼で私を見て来る。
口調もいつもと違い、妙によそよそしい。
それが逆に私の心にダメージを与える。

その横にいた雨宮桂が、私の後ろ辺りに向かって手を振る。
振り返ると、紘子と晴美が調理場から出て来ていた。

まぁ、調理場と言っても、パーテンションで仕切った奥にガスコンロとホットプレートがそれぞれ2つずつあるだけなのだが。

「やっほー紘。応援に来たよ」
「応援? なにそれ。意味わかんないし」
「え〜。だって紘、文化祭でこく……」

何かを言いかけた雨宮桂を突き飛ばすが如く、紘子が押して2人とも教室を出て行く。

「どうしたの紘子?」
「さぁ。どうしたのかな♪」
なぜか妙に楽しそうな晴美。
なにか知っているのだろうか。

「ところで澤野。入口にあった、昨年度ミス桂水、澤野聖香のいるってどう言う意味?」
宮本さんんが不思議そうに聞いてくる。

宮本さんに言われて藍子も初めて気付いたのだろう。
一緒に説明を求めるように要求して来る。

「文字通りの意味です。なぜか私、昨年度のミス桂水に選ばれてしまって」
それを聞いた2人の反応は対照的だった。
宮本さんはにこやかに笑い、藍子は苦笑いをしていた。

その後ろでは、貴島由香が紗耶のメイド服に興味津々で2人してなにやら楽しそうに話しているのが見えた。

その時、メインステージから放送が入る。

「みなさま、お待たせしました。ただいまより、ミス桂水を開催します。参加者のみなさんステージまでお集まりください。あと、昨年度ミス桂水の澤野聖香さん、ステージまでお願いします」
この放送を聞いて、苦笑いした藍子が声を上げて笑い出した。

「良く考えたら、中学の時って試合会場でしか会わなかったけど、案外あなたの私生活って面白いのね。いいわ、気に入ったわ」
「それはありがとう。出来れば今度は藍子の私生活を教えて欲しいわ」

わざと冷たい声でそれだけ言って、私は教室からメインステージへと移動する。
自分で言っておきながら、藍子の私生活をまったく知らないことに気付いて、ちょっとだけ驚いていた。