風のごとく駆け抜けて
目の前で行われるミス桂水を私はずっと見ていた。
いや、正確に言うと競技が終わるごとにコメントを求められるので見ておかざるを得ないのだ。
私は椅子に座らされ、その上には『昨年度ミス桂水・澤野聖香』と書かれた看板が設置してあった。
昨年はスクール水着にブラウスと言う姿だったが、今年はセパレートのメイド服と言う格好で私が現れたため、司会者も会場も盛大に盛り上がっていた。
そして、今年のミス桂水だが……。
「さぁ、決勝に残った2人を改めて紹介しましょう。まずは3年4組の阿部奈央さん。そして、教員枠の永野綾子先生です」
会場から拍手が起こる。
ネタやシャレで出る物だとばかり思っていた永野先生。
なんと、普段はそこまでしていない化粧をきちんとして、ヒラヒラしてるから好きじゃないと言っていたスカートを履き、決勝での自己紹介の時に、
「決勝まで残れるとは思っていませんでした。精一杯頑張ってみようと思います」
と優しい口調で喋り、あきらかに全力で勝負を挑んで来ていた。
その姿を見るだけで笑いが込み上げて来るのだが、ステージに座らされている以上、笑うわけにもいかない。
今年のミス桂水決勝戦、勝負方法はジェンガだった。
積み上げられたブロックを抜いて最上段に置いて行くあれだ。
勝負は10分で決着がついた。
「ここで勝負が着いた。今年のミス桂水に輝いたのは、今年から新設された教員枠出場、永野綾子先生です!」
司会者の声に永野先生が満面の笑みを見せる。
「それではみなさん、お待たせしました。ここで昨年度ミス桂水、澤野聖香さんの登場です。ただいまより、この2人による防衛戦を行います。勝負方法は何が良いですか?」
マイクを会場に向け、司会者が意見を聞こうとする。
一瞬、会場に沈黙が訪れる。
すぐにまた騒がしくなるが、予想外の声が聞こえて来る。
「さ・わ・の」
「さ・わ・の」
最初は小さかった声が段々と感染して行き、最後は会場全体から私を呼ぶ声が湧き上がる。
呼ばれる私自身、何をどうしたらよいのか非常に戸惑ってしまう。
司会者も苦笑いをしていたが、もうこれ以上は収集がつかないと判断したのだろう。
「はいはい、みなさんお静かに。言いたいことは十分に分かりました。では、ストレートに聞きます。この2人が勝負したら、永野綾子先生が勝つと思う人拍手」
会場のあちこちからパラパラと音がする。
「じゃぁ、昨年度ミス桂水、澤野聖香さんが勝つと思う人」
司会者が言い終わると同時に、会場中から割れんばかりの拍手が起こる。
まるでライブにでも来たような感じだ。
「はい、分かりました。勝負は人気投票で決まったと言うことにしましょう。防衛戦、優勝者は澤野聖香さんです! おめでとうございます。なお、澤野さんには初代桂水クイーンの称号が与えられます」
昨年同様『初代桂水クイーン』と書かれたタスキを係りの人が持って来るが、ふと司会者が何かに気付いた。
「みなさん。これを掛けてしまうと澤野さんの魅力的な腹筋が半分隠れてしまいます。どうでしょう? 今回はこれを掛けなくても良いと言うことで良いでしょうか?」
またもや、会場中から拍手と歓声が起こる。
いや、変な気を回さなくても良いのだが。
おかげで私はこの際どいメイド服のまま、引き続き文化祭を過ごすことが決まってしまった。
「まったく。なんなんだこの結果は……」
駅伝部のメイド喫茶に戻って来た私と永野先生。
永野先生はあきらかに不機嫌そうだった。
「仕方ないですよ綾子先生。普段の学校生活で先生の正体ばれちゃってますし。だいたい、普段の授業で先生から教わってる生徒もたくさんいるんですから」
「でも決勝まで行っただろうが」
「ずっと見てましたけど、綾子先生がやった種目って、ジャンケンとくじ引きでしたよね。どうみても運の要素だけだと思うのですが。決勝だってジェンガに勝っただけですし」
葵先輩の冷静な一言に、永野先生は本気で悔しそうな顔をする。
「それよりも、そろそろお店を再開させないとまずいかな」
「今見たら、外に長蛇の列が出来てるんだよぉ」
晴美と紗耶が泣きそうな顔で訴えて来る。
「はぁ……。それじゃぁ、気合いを入れて行くか」
麻子が自らに気合いを入れるように掛け声をかける。
そして今年も地獄が始まる。
主に私だけが……。
今年は昨年の屋台と違い教室を使っているため、落ちつて接客が出来る。
また、料理も簡単な物や、作り置きが出来る物がメインのため、紘子、朋恵、晴美がいれば十分に対応できる。
そもそも、お客さんのほとんどが、料理よりも私をメインに来ているらしく、あちこちの席に呼ばれ恥ずかしいセリフを言い、握手をし、写真撮影をした。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻