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風のごとく駆け抜けて

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「どうだった? 合宿は?」
高速に入ったところで牧村さんが聞いてくる。

「思ったより、楽しかったです。大学の合宿ってもっと規則とか厳しいと思ってましたけど、全然違いましたし」
相変わらずの牧村さんの運転から現実逃避をするように、私は牧村さんの方を見て話す。

「そっかそっか。それはよかったわ。で、あなた高校出たらどうするの? もしあなたさえ良ければ、明彩大に来ない? もちろんS級推薦で」

「そう言ってくれるのは嬉しいんですが、実は私……」

私を誘ってくれた牧村さんにはきちんと事情を話しておこうと、永野先生に憧れていること、理科の教員免許が欲しいこと、姉がいる大学に行きたいこともすべて説明した。

「そっかぁ。うちの大学は文系だから教員免許は社会と国語、あと英語だけのはず。それにしても、永野も偉くなったわね。あれが尊敬されるような人間になるとは……」
言葉ではきついことを言っているが、牧村さんの笑顔はどこか嬉しそうだった。

「でもお願いですから、永野先生には私が憧れてるって内緒にしておいてくださいね。恥ずかしいですから」
「なんだ。やっぱり、惚れて恥ずかしい相手なんだ」
「そう言う意味じゃなくてですね」
思わず慌てる私を見て牧村さんは笑う。

いや、お願いですから前を見ててください。
ほら、さっきまであんなに遠くで光っていた車のテールランプが目の前に。

「冗談よ。でも、もしも明彩大に来たくなったらいつでも言ってね。なんなら、受験に失敗してどこにも行く当てがないからって連絡して来ても、どうにか入学出来るように学長に掛け合ってあげるから。って喋ってばかりだと、いつまでたっても着かないわね。のんびり運転してる場合じゃなかった」

私は耳を疑った。

これでも十分速い……。
と言うより恐怖を感じているのだが……。

もしかしたら、ものの例えかとも思ったのだが、牧村さんは本当に車の速度を上げてしまった。

私が次に気付いた時は、広島の宮島サービスエリア。
兵庫、岡山、広島の半分当たりの記憶がすっぽり抜け落ちていた。

「思ったよりも美味しいわね」
注文したアナゴ丼を一口食べ、牧村さんは嬉しそうな顔をする。
ちなみに私はカツカレーを食べていた。

お互い晩御飯を食べておらず、宮島サービスエリアで食事休憩となったのだ。
すでに日付が変わり、時刻は0時半だ。

「そう言えば澤野、お土産を買ってなかったけど良かったの? いや、買う時間は確かになかったけど」
その一言に私はスプーンを持つ手が止まる。

「な……永野先生にお土産を頼まれてたのをすっかり忘れていました。どうしよう?」
「ありゃ。そうだ良い知恵を貸しあてあげるわ」
牧村さんが私にあるアドバイスをしてくれる。

でも、永野先生にそれが通じるかすごく疑問だった。
確かに、間違ったことを言っているわけでは無いのだが。

しかし今はダメもとで、それにかけるしかなかった。

その後、家へと無事に辿り着いた時には2時を回っていた。
おかげで、次の日の始業式はあまりの眠たさにほとんど記憶が無かった。

私が高校新を出したことは始業式で校長先生から報告があったが、あまり大騒ぎにならず、少しだけ寂しい思いをした。

でもその分、部活では大いに盛り上がっていた。

「聖香、すごいかな」
「そうだよぉ。せいちゃん。初めて走った3000m障害で高校新だなんて」
「しかも……。私が普通に3000mを走るより随分早いです」
「それに大学生と練習で張り合うなんて。考えられませんし」

みんな、部室で私を見ると次々に言葉をかけて来る。

「はいはい。みんな落ち着け。まぁ、何はともあれお疲れだったな澤野。で、無粋な話だが、頼んでおいたお土産は?」
やっぱり永野先生は覚えていたか。

「ちゃんと買ってますよ。どうぞ」
後は牧村さんを信じるしかない。

「って、待て澤野。なんで関西まで行っておきながら、広島名物のもみじ饅頭が入っているんだ?」

喋る前に私は少しだけ肺に空気を入れ、それを吐き出すようにしながら、永野先生のその問いに一気に返答を返す。

「特にどこで買って来るように指定されなかったから、広島で買っただけですよ。それに本来は帰るまでが合宿なんですから、お土産は山口で買うことになりますよね? それをわざわざ広島で買ったんだから、むしろ褒められるべきことかと」

昨日の夜、牧村さんに教えられたそのままを言ってみた。

それを聞いて、もみじ饅頭を持っている永野先生の手が震える。

「それ、牧村さんの入れ知恵だろ? 本当にあの人は変わって無いなぁ。でも澤野、食べ物の恨みは恐ろしいことを身を持って経験させててやろう」
悔しさのせいなのだろうか。
永野先生は目にうっすら涙を溜めている。

「大和!」
「は……はい」
突然、名前を呼ばれて葵先輩はビックリしていた。

「一昨日、お前らが言っていた文化祭の案件。あれ、了承してやる。お前の提案通り進めていいぞ」
「本当ですか! ありがとうございます」
葵先輩はまるで太陽のような明るい笑顔で、飛び跳ねるように喜んでいた。

そう言えば、今年は明彩大の合宿に参加していたので、駅伝部で何をやるのかまったく聞いていない。