風のごとく駆け抜けて
今年の合宿は昨年と違い、質より量をメインとしていた。
そもそも期間が昨年の2倍もある。
質を求めた昨年は相当きつかった。
今年は質に関してはそこまできつくないので、昨年よりは元気だろうと思っていたが甘かった。
これはこれでとんでも無くきつい。
さすが永野先生だ。
しっかりとポイントを押さえてる。
「はいはい。みんな、なに寝てるのかな。御飯が出来たよ。毎日、毎日寝てちゃダメかな。今日はまだ合宿4日目だよ」
晩御飯が出来たのだろう。
今日も晴美が元気よく部屋にやって来る。
もちろん、晴美にはすごく感謝している。
私達のタイムを毎日取り、給水の準備をして、洗濯や掃除もやってくれたうえに御飯まで作ってくれる。
それでも、晴美に言いたいことがあった。
ひとつは、もう少しこのままにさせて欲しいと言うこと。
もうひとつは、もはやこれは寝ているんじゃない。倒れてるのだ。
晩御飯を食べた後は昨年同様、勉強タイムが設けられれいた。
不思議なのは永野先生も同じ部屋でノートパソコンを片手に、なにやら悩んでいるいることだ。
「あのぉ、永野先生は何をしてるんですかぁ? 大人なんだから勉強することもないですよねぇ」
「甘いな藤木。そうやって、決められたことをやるだけの勉強がいかに楽か、身に染みて分かるくらい、大人になっても勉強しないといけないことはあるぞ」
「えぇっ? だったらわたしはずっと今のままでも良いんだよぉ」
未来への希望を失ったのか、紗耶が大人になることに拒否反応を示す。
「紗耶? つまりあなたは一生駅伝部の合宿で良いってことかしら?」
葵先輩が、不思議そうに尋ねると、紗耶が全力で首を振る。
それを見て、みんな大笑いをする。
そのせいで、私はそれでも良いと言いかけた口を閉じるのだった。
合宿5日目。私にとって最大の地獄がやって来た。
昨年、味をしめたのか、今年もきっちりプールの時間があるのだ。
昨年は1人でプールサイドに座っていた。
途中から水の中には入ったものの、ほとんどアイシング代わり。
でも、今年は違う。
プールサイドには2人いる。私と紘子だ。
「陸上の合宿でプールとか意味が分かりませんし」
紘子は今までに見たことがないくらい不機嫌そうだった。
一応、私も紘子も水着に着替えてはいるが、プールサイドに座り、膝から下のみを水に浸けているだけなので、あまり水着は関係なかったりもする。
「まさか、紘子まで泳げないとは……」
「仕方ないですし。自分の体は走る専用ですし」
紘子は随分と拗ねた声を出す。
「まぁ、でも紘子がいてくれて良かった。昨年なんて私1人で暇だったもの」
「べ…べつに聖香さんのためじゃないですし」
急に慌てふためき、顔を真っ赤にする紘子に私は手で水を掛ける。
「何するんですか。冷たいですし」
「いや、なぜか紘子の顔が真っ赤だったから冷ましてあげようと思って」
「赤くなってませんし。照れてなんかいませんから」
ムキになって今度は紘子が私に水を掛けて来る。
なぜだか思いのほか楽しくて、2人でしばらく水の掛け合いをしていた。
「そこのバカップル2人は中に入って来ないのかな」
ふと気づくと、晴美と朋恵が私達のすぐ目の前に来ていた。
私達がプールサイドに座り、晴美達はプールの中なので、ちょうど見上げられる感じになっていた。
そのせいなのだろうか、晴美の顔はものすごく不機嫌そうに見える。
「なんだか……お似合いのカップルみたいだよ。ひろこちゃん」
朋恵が満面の笑みで私達を見て来る。
「いやいや、別にそんなんじゃないから。ねぇ、紘子?」
賛同を求め横を向くと、さっき以上に顔を真っ赤にし、今にも沸騰しそうな勢いの紘子がいた。
「紘子……」
私が呼ぶと、ハッとこっちを見て、滑り落ちるように紘子はプールに入ってしまう。
一体どうしたのだろうか? 晴美はそんな紘子と私を見て、ニヤニヤしていた。
その後も必死でメニューを消化して行き、早いもので気が付けば、合宿も7日目が過ぎようとしていた。
7日目の夕方、私達と別メニューをこなしている朋恵が1人で部屋に戻って来る。
「本気で暑いです。海に行きたいし、スイカも食べた〜い!」
独り言を大声で叫びながら、朋恵が勢いよくTシャツを脱ぎ床に叩きつける。
その姿に、誰もがあっけにとられた。
普段、大人しいを通り越して、少し消極的な朋恵が、こんなにも大声で叫んだうえに、シャツを叩きつけるとは。
「夏は女を魔物にするって言うしね。でも朋恵が付けてるのは天使のブラね。魔物なのに変なの」
Tシャツを脱ぎ、ブラとランパン姿の朋恵を見て、葵先輩は笑いだす。
「いやぁ、ともちゃんあきらかにおかしいよぉ。頭をチョップしたら直るのかなぁ」
「と言うより、そろそろ朋恵も買い替え時期じゃないの? もうずいぶん古いし。最近の朋恵はLED付きで省エネらしいわよ」
紗耶と麻子が真面目な顔をしてわけが分からないことを言い始める。
なんと返したら良いのか分からないのか、朋恵はうろたえ始めていた。
「まったく、麻子さんも紗耶さんも意味が分からないし。こう言うのはキスして治すのが一番って昔から決まってますし。おいで朋恵。優しくしてあげる」
紘子が麻子と紗耶を鼻で笑た後で、朋恵に優しく微笑みかける。
ここに来て私はあることに気付き、後ろにいた晴美と久美子先輩を見る。2
人も同じことを思ったのか、大きく頷く。
「ちょっとみんなしっかりして。合宿で走りすぎて頭がおかしくなってるから」
私の声もむなしく、この後もみんなわけの分からない発言を繰り返していた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻