風のごとく駆け抜けて
今年も合宿最終日は由香里さんの旦那さんが経営する海の家で打ち上げた。
つまり最終日のメニューは、昨年同様そこに向かうジョグと言うことだ。
「おかしいですし。海の家に行くのに山を登ってますし」
先頭を走る紘子が山頂付近で大声で叫ぶ。
「紘子、去年のあたしと同じことを言ってる」
麻子の一言に紘子が本気で悲しそうな顔をし、「麻子さんと同レベルなんて」とうなだれていた。
これには麻子も必死で抗議をするが、紗耶と葵先輩からも「紘子の気持ちが分かる」と言われてしまい、麻子は拗ねてしまった。
それでも、海に到着すると、すっかり機嫌も戻ったようで、朋恵と一緒に、シューズを脱いで、全力疾走で海へ飛び込んでいった。
麻子はまだしも、朋恵が飛び込むあたり、どうやら本当に海へ来たかったようだ。
しかもそれを見た紗耶と晴美までもが飛び込み、最後には葵先輩が久美子先輩の手を取って飛び込んでしまった。
その光景をみて、うちの部の良い所は、こう言うノリの良さだとしみじみと実感する。
みんなが着替え終わり、バーベキューが始まる。
「臨時収入があったから、今年はお肉を奮発するわよ。みんなどんどん食べてね」
由香里さんが高そうなお肉を次々に持って来ては網の上に置いて行く。
なぜか、その横では永野先生が驚いていた。
合宿で体力を使ったからだろうか、今日はみんな葵先輩に負けないくらい大食いだ。
それを見てどんどん落ち込んでいく永野先生。
不思議に思い由香里さんに聞いてみると、笑って答えてくれた。
「綾子と賭けをしたのよ。あなた達が5万円分のお肉をすべて食べきれるかどうか。綾子が先に5万円出して、もしも食べきれなかったら綾子に10万を払うって誘ったら乗って来たの。馬鹿ね、お肉の値段は決めてないのに。そりゃ、高くて量を少なくしたら食べきれるわよね」
なるほど、だからお肉が出て来た時に、永野先生は愕然としていたのか。
その後しばらくみんなで雑談をして過ごす。
1年生2人は、海で水を掛けあって遊んおり、私と一緒で泳げないはずの紘子も、砂浜を走って勢い良く海に飛び込んでいた。
「それにしても紘子と朋恵って仲良いわよね。あれだけ実力が違っても仲が良いって素敵なことだと思う」
「どうしたの麻子? 突然そんなこと言い出して」
私が麻子の顔を覗くと、一瞬だけ麻子は寂しそうな眼をする。
「いや、中学の時のバスケ部は部活内で派閥とかあって、面倒くさかったから。ここは大違いだなって」
「仲が良いのは桂水高校駅伝部の売りかな。仲間外れとかは絶対にないかな。ね、聖香」
晴美が私に同意を求めて来るので、素直に頷く。
私もそれは本心で思う。
「って聖香も言ってるかな」
「やっぱりそうだよねぇ」
「じゃぁ、さっそく行こうか」
突然、2年生3人が私の手足を持つ。
そこになぜか葵先輩と久美子先輩まで加わって来る。
手足をそれぞれ持たれて、私は完全に身動きが取れなかった。
「ちょっとみんな、どう言うことよ」
「聖香が今、仲間外れは無いって同意したかな」
「それとみんなに手足を持たれて移動させられていることになんの関係があるのよ! 晴美」
叫びながらも必死で手足をバタバタさせるが、振りほどけそうになかった。
あきらかに私は海の方へ運ばれている。
「実は、さっきからせいちゃん以外はみんな海に飛び込んでいるんだよぉ。つまりこのままだと、せいちゃんが仲間外れになっちゃうんだよぉ」
紗耶が笑いながら言う。
確かに思い出してみるとそうかもしれない。
だが、それとこれは話が別だ。
「と言うわけで、言ってらっしゃい聖香!」
麻子の掛け声で、みんなが振り子のように私を振り、勢いをつけて手を放す。
一瞬、空を飛んでいるような感覚があった。
でも、次の瞬間には水の中にいた。
水から顔を出すと、みんなが大笑いしている。
まったく、こう言う時はいつも以上に団結力を発揮するんだから。
海から上がって、私が着替え終わると、永野先生が合宿についての最終ミーティングを始める。
「今年は、期間も昨年の2倍あったし、練習内容も昨年に比べ格段に増えた。それでもきちんと全員がこなせたと言うことは、確実に昨年より強くなったと言うことだ。それに1年2人も初めての合宿ながら、よく頑張った。この合宿を乗り切ったことは自信に思っていいぞ」
永野先生の言葉に、紘子と朋恵が元気よく返事をする。
2人ともどことなく嬉しそうな顔をしていた。
ミーティングも終わり、由香里さんが私達を家まで送るために車を取りに行っている間、みんなで雑談をして待っていた。
「合宿期間が昨年の倍あったから、楽に宿題が終わったわね。受験勉強も随分進んだわ」
「いえ、それは葵先輩だからですよ。私なんてまだまだ宿題残ってますよ。まぁ、まだ夏休みは一ヶ月あるからゆっくりとやって行きますけど」
私がため息交じりに言うと、永野先生がこっちを見て来た。
「そうだ、澤野。お前、夏休み後三週間しかないぞ」
「はい? どう言う意味ですか? てか、なんで私だけ三週間なんですか」
「ほら、前に職員室で話をしただろ。澤野が、私に大学から陸上推薦なんか来るわけがないって」
確かに恵那ちゃんが家出をした時に職員室でそんな話はした。
でもそれと、私の夏休みに何の関係があろだろうか。
「澤野に分かりやすく現実を見せてやるよ。もう相手先にも、澤野の両親にも話はついているから。澤野、盆が明けたら明彩大学の合宿に混ぜてもらえ」
まるで、明日の練習はジョグだからと言うくらいの軽いノリで永野先生が言う。
明彩大と言う大学名は私でも知っていた。
昨年の全日本大学女子駅伝にも出場した、関西にある全国でも有名な駅伝強豪校だ。
と言うより、昨年は全国で6位だった気がする。
それに、すでに私の親に了解を得ている辺り、あまりにも手際が良すぎる。
「ちなみにそこの監督が、私が実業団にいた時の三つ上の先輩なんだ。まぁ色々とお願いはしてあるから。向こうに行ったらよろしく言っておいてくれ。明日にでも要項を渡すな」
その説明を聞き、私には拒否権が無いことを悟った。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻