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風のごとく駆け抜けて

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「当時の私には絶望しかなかったですよ。よりにもよって、その話をされたのが城華大付属の推薦が来たことを話した時でしたから」
わざとらしく私は笑って続きを話す。

「何度も話し合ったけど、結局ダメでした。だから推薦をすべて断って桂水に来ました。でも当時の私には夢も希望も無かったですよ。駅伝部を見つけた時に、やっぱり走りたいと思って生まれて初めて父に口答えしたんです。その後で、父の気持ちを初めて知ることが出来ましたけど。決して父も頭ごなしに部活を反対していたのでは無くて、私の将来を考えてのことだと分かりましたが。結局、思いは言葉にして一から説明しないと伝わらないんだと思います」

私が話終わると永野先生はため息をつく。

「それに先生もそうだったみたいですけど、人間目標がないと勉強なんてしませんよ。私も最近ですよ。やりたいことがあって、そのために勉強しようって思ったのは」
私が笑顔で付け加えると永野先生も噴き出した。

「確かにそれはあるかもな。どうも歳をとって勉強のことになると、上から押しつけるようになっていかんな」

「まさに私の父がそうでしたからね。てか良く考えたら、恵那ちゃんほっといて良いんですか?」

「ああ、それは大丈夫。大和から連絡来てるから。あいつは本当に面倒見が良いな」
私は激しく同意し何度も頷く。

「ところで澤野。やりたいことがあると言うが、それは陸上人生が終わってからやるのか? それとも、今度は自分の意志で推薦を断ってその道へ進むのか?」

「いえ、何を言ってるんですか? 私に陸上の推薦が来るわけないでしょ?」
私は笑いながら答えるのだが、永野先生は目を丸くしていた。

「いや、お前それ本気で言ってるのか。自分のことを客観的に見て無さすぎだろ」
永野先生が腕を組んでなにやら考え始める。

いや。逆に聞きたい。

都大路に出場して上位になったならいざ知らず、今の私の成績だけで大学や実業団から推薦が来るのかと。

「よし分かった。その点については、すぐに分かりやすい方法で説明してやろう」
永野先生が言い終わるのとほぼ同時に、職員室の入り口が開く。
葵先輩と恵那ちゃんが入って来た。

「あら、聖香。どうしたの?」
「いえ、ちょっと永野先生に説教してただけです」

「そうなの? うちが今からしょうと思ってたんだけど。じゃぁ、いいか。はい、恵那ちゃん。さっき話したことをちゃんとお姉ちゃんに言うのよ」

葵先輩が言うと、恵那ちゃんが頷く。
永野先生は葵先輩に何か言いたげそうな顔をしていた。

「じゃぁ、永野先生。私が言ったことをきちんと説明してあげてくださいね」
葵先輩の真似をして永野先生に冗談を言い、葵先輩と職員室を出る。

「葵先輩、恵那ちゃんになんて言ったんですか?」
「簡単に言うと、自分がどれだけ走るのが好きで、どれだけ綾子先生に憧れてるかを話してごらんって。てか聖香は先生に何か言ったの?」
「気持ちは言葉にしないと伝わりませんよって。あと勉強は押し付けてもやる気にはなりませんよって。それだけです」

「随分核心を付いてるわね」
葵先輩は私を見て笑う。

2人でそのまま自転車置き場まで来た時に、葵先輩が「あ、そうだ」と私を見る。

「そう言えば聖香。加奈子先輩覚えてる? 昨年まで城華大付属にいた」
もちろんだ。昨年1区であれだけ争ったんだ。
忘れるわけがない。
そう言えば宮本さんは今年から大学生か。

「加奈子先輩、城華大辞めたらしいわよ。いや、正確には入学を蹴ったと言った方がいいのかしら。中学の時同じ陸上部だった子が、駅前の丸木文具店で働いてるのを偶然見かけて、本人から話を聞いたんだって」

にわかには信じられなかった。
そもそも、なぜ入学を蹴ったのだろうか。

高校駅伝の時は、大学でも続けると宣言していたし、都大路でも良い走りをしていた。

もしかして、故障したのだろうか。
いや、そうだとしても4年間あるのだ。
時間をかけて治せば……。

「うちも加奈子先輩から直接話を聞いてみたいし、一緒に行ってみる?」
私は「もちろん行きます」と頷き、2人で帰り道に少しだけ寄り道をすることにした。