風のごとく駆け抜けて
「ちょっと朋恵、あんたなにそれ!」
部活が終わり、部室で制服に着替えている最中に麻子が突然叫ぶ。
何事かとみんなが朋恵に注目する。
突然名前を呼ばれ注目された朋恵は、Tシャツを脱ぎ上半身はブラ一枚の状態だった。
最初はなぜ麻子が騒いだのか分からなかった。
麻子の次の一言で私達はようやく理解する。
「あんた、その腹筋どうしたの? 割れるくらいついてるじゃない」
麻子の言う通り、朋恵の腹筋はうっすらではあるが6つに割れていた。
どう見ても私よりも……いや部員の誰よりも腹筋がついている。
「あの……私、駅伝部なのに足が遅いから。なにか人より努力しなくちゃって思って。ひろこちゃんに聞いたら、腹筋をやると脚が速くなるっていうから頑張ってるんです」
朋恵が入部してまだ二ヶ月半だ。
元々がどれくらいあったのかは分からないが、この短期間でここまで腹筋を作ろうと思ったら、そうとう努力をしなければならないはずだ。
「だ、そうよ。うち達も前へ進む努力をしましょう。いつまでも中国地区総体の不甲斐ない走りを引きずってる場合じゃないわよね」
葵先輩の一言に部室の空気が引き締まって行く気がした。
誰もが口にしないが、中国地区総体後、部内の空気は暗いものになっていた。
なんと言うか県総体の勢いをすべて持って行かれ、さらには自信喪失と言う思い荷物を背負わされた感じだ。
今日の3000mが良い例だ。
でも朋恵を見て気付く。そ
んなものは気持ちの持ちよう一つなんだと。
現に朋恵はコツコツと努力をし、確実に前へ進んでいる。
「私もしっかり腹筋やろうかな」
お腹をさすりながら私が言うと、麻子が「いやいや」とワザとらしく手を振る。
「聖香は腹筋よりも、バストアップ体操をやるべきよ。どうみても朋恵よりも小さいじゃない。紘子は朋恵より大きいから……。残念ながら聖香の最下位は変わらずね」
「そんなこと言うなんて失礼ですし、麻子さん。聖香さんのは慎ましい胸って言うんですよ」
私のことなのに、紘子が反論する。でも……。
「紘子? フォローしてくれたつもりかもしれないけど……、フォローになってないから。携帯で慎ましいって言葉の意味を調べてみなさい」
自分で言って悲しくなる。
言われた紘子も「え?」と言う顔になり、携帯を取り出し、検索を始める。
「あれ?」
携帯を見て、紘子は愕然としていた。
そんな紘子と私を見て笑う晴美。
部員のなかで一番胸の大きな晴美に笑われるとなんだか悔しかった。
そして私は次の日に、とどめを刺される。
本日の部活を終え、私は美術室へと向かう。
晴美が今日は美術部へと行っているからだ。
「あ、聖香。ちょうどよかったかな。見て! 完成したんだよ」
私が美術室に入ると同時に、晴美が声を掛けて来る。
よく見ると美術室にいるのは晴美だけだ。
その絵には見覚えがあった。
昨年の文化祭の時にモザイク画で作った女性ランナーの絵だ。
私をモデルにしているらしいその女性ランナーは正面を向いて走っており、その体は細いながらもしっかりと筋肉が付いている。
その筋肉と体の動きが躍動感にあふれ、今にも絵から飛び出して来そうな迫力があった。
あの時と違うことと言えば、絵の中のランナーがタスキを掛けていることか。
「これを今年の全国高校駅伝ポスターコンクールに応募しようと思ってるかな」
晴美が私にパンフレットを見せてくれる。
募集の締め切りは今月末の6月30日。
最優秀賞の発表は8月29日となっていた。
「あら佐々木さん。まだ残っていたの?」
美術準備室から先生が出て来る。
面識はないが、美術部の先生だろうか。
「岩木先生どうでしょう。言われたところを修正してみました」
晴美がその先生に絵を見せる。
「うん。前よりずっと良くなったわね。ランナーに女性らしさが良く出てる。前の絵は筋肉の柔らかさは女性だったけど、胸元は男性だったものね。絵のモデルがいるらしいけど、複数のモデルを使う時は、あくまで同性にした方が良いわよ。じゃないと修正する前みたいに、胸がまったくない女性と言う変な絵が出来上がってしまうから」
先生の説明を聞きながら晴美の絵をもう一度見てみる。
確かに、大きくはないが、女性だと分かる程度には胸に膨らみがあった。
「うーん……。聖香の写真をそのまま使っただけなんだけどな。それがいけなかったかな」
独り言を言いながら悩む晴美。
「ちょっと晴美?」
私の呼びかけに、晴美はしまったと言う感じで顔をしかめる。
「ほら佐々木さん。写真じゃ無くて友達を見ればより分かるわよ」
どうやら先生の説明はまだ続いていたようだ。
「ちょっとあなた横を向いてね。佐々木さん、高校生くらいの女性が横を向けば自然と胸の膨らみが出るもの……」
そこまで言って言葉につまり、気まずそうにする美術の岩木先生。
ええ、大丈夫ですよ。もう慣れてますから。
クラスの友達にも、
「聖香って、まさにアスリートって感じ。普段からスポーツブラだし。なんかかっこいいよね」
と言われるが、まさか普通のブラだとスカスカして付け心地が悪いからスポーツブラにしているとは言えなかった。
スポーツ店でアスリート用の高い物を買い、それを使用しているのがせめてもの意地だ。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻