風のごとく駆け抜けて
彼女達の努力と悩み
県総体で6位に入ると中国地区総体へと出場することが出来る。
そこで6位に入ればインターハイへと出場出来るのだ。
つまり、我が駅伝部は県総体を走った全員が中国地区総体へと進めるのである。
これは快挙としか言いようがなく、学校を上げての壮行式まで行われる始末。
ただ、中国地区総体では惨敗だった。
各種目とも基本的には各県の上位6名が参加し、それが中国5県で計30名での争いとなる。
800mに出場した紗耶は予選落ち。
一発決勝で行われた3000mでは、麻子が9位。葵先輩が13位だった。
3人とも県総体で出した記録には遠く及ばず、実力を出せないままに終わった。
他県でレースをするのも初めてならば、他県の選手と走ることも初めての状況で、上手く実力を発揮できなかったと、葵先輩はレースが終わった後で言っていた。
永野先生も、全レースが終わった後で、
「考えようによっては都大路を走る前にこう言った試合を経験出来て良かったのかもしれんな。ぶっつけ本番で都大路を走っていたら、緊張でなにも出来なかったかもしれないしな。前向きに考えて、もう一度前へと進んで行こう」
と私達にアドバイスをくれた。
ちなみに、私と紘子はと言うと……。
私は1500m前日に旅館の階段を滑り落ち、足首をひねってしまい、まさかの不出場。
紘子にいたっては、先頭集団でレースを進めていた900m地点で、後ろの選手と脚が絡まり転倒。
その際に前の選手を押し倒す形になり、それが妨害行為となり失格となってしまった。
帰りの車の中で紘子はずっと泣いていた。
隣にいた私が頭をなでると、余計に泣き出し、晴美に「聖香は女泣かせかな」とあきらかに意味の間違った一言を言われてしまった。
でも、本当は私も泣きたいくらい悔しかった。
中学3年生の時にも一度、故障で県選手権に出場出来なかった。
今回はその時とは比べものにならないくらいショックだった。
多少腫れていたが、走れないこともない。
無理してでも出場しようとしたのだが、「それで大きなケガになって、駅伝の時にベストの走りが出来なかったらどうする」と永野先生にきつく言われてしまった。
中国地区総体から帰って来た日の夜に、携帯が鳴る。
晴美からだった。
「どうしたの晴美?」
「うん? 聖香が呼んでいるような気がしただけかな」
まったく……晴美にはかなわないと本気で思った。
「あきらかに、みんなの前で無理をしているようだったもんね。聖香。話聞くよ。思っていること全部話してもかまわないかな」
幼馴染だからこそ分かることなのだろうか。
晴美には自分の気持ちを見透かされていたようだ。
晴美に、悔しさや自分の不甲斐なさを少しずつ話していたら、結局私は泣き出していた。それでも晴美は静かに私の話を聞いてくれた。
保育園からずっと一緒にいるが、やっぱり晴美の存在は、私のなかで大きなものであると実感する。
世の中は不思議なもので、悪いことがあれば良いことも起きるようになっている。
中国地区総体の4日後から始まった2年生最初の定期テスト。
私はついに順位が2ケタになった。96位とギリギリだったが、それでも十分に嬉しい。
もちろん、晴美や紗耶には到底かなわないし、射程圏内にいるとは言え麻子にも負けている。
でも、理科教師になりたいと思い始めてから、こつこつと勉強を始め、努力が少しずつ実り始めて来た。それが今回の結果だ。
先日行われた模試でも、志望校を信徳館大の理学部で書いたらB判定が出た。恥ずかしいので誰にも将来の夢を言っておらず、結果を公表出来ないのが残念だ。
でも時期が来たら話しても良いかなと最近は思っている。
みんなの将来の夢も気になるし。
将来の夢と言えば、昨日の部活終了後、葵先輩の志望校を聞いて誰もが驚いた。
「防衛大学に行きたいんですか?」
「そうよ。中学生の時から夢なの。陸上自衛隊の衛生科で働きたいと思って。実家の病院は妹が継ぐって言ってるし。まぁ、衛生科に行きたいって辺りはやっぱり医者の娘なのかな? そうそう。せっかくの機会だから言っておくと、防衛大に行くと体力も必要なのよね。だからうち、駅伝が終わっても引退せずに3月下旬辺りまでずっと部活に出続けるつもりだから。いいですよね? 綾子先生?」
驚く私達とは正反対に淡々と説明をする葵先輩。
どうも永野先生すら知らなかったらしく、私達と一緒に驚いていた。
さらに驚きなのは、模試の結果で防衛大がA判定だったこと。
さすが今回の定期テストで、3年理数科クラス1位だっただけのことはある。
同じ理数科クラスでも紘子は34人中15位だった。
「理数科は手段であって目的では無いですし」
そう言えば、紘子は桂水高校に入学するために理数科を選んだと言っていた。
まぁ、あれだけ脚が速くて勉強も普通に出来るのだから大したもんだ。
「でもひろこちゃん……。走るのもあれだけ努力しているんだから、勉強も頑張ったらもっと成績上がるんじゃない?」
勉強にあまり興味が無さそうな紘子を、一生懸命に説得しようとする朋恵。
予想外だったと言っては朋恵に悪いが、大人しいを少しだけ通り越し、どちらかと言うと消極的な朋恵が、なんと普通科1年で2位と言うのだから世の中分からない。
でも、朋恵がその成績を取れる理由が少しだけ分かる出来事があった。
今日の練習は3000mのタイムトライ。
大型連休後に一度行って以来のタイムトライだ。
中国地区総体の敗退が原因なのか、みんなタイムがいまいちで永野先生の叱咤激励が飛ぶ。
そんな中、唯一朋恵だけは好走していた。
なんと前回の記録を約2分も短縮し13分22秒で走ったのだ。
「ねぇ、朋恵って、元々が素人だったけど、走るたびに大きく記録を更新してない?」
「だよねぇ。これはあきらかにすごいんだよぉ」
「那須川……。お前なにかドーピングしてないか?」
驚きを隠せない麻子と紗耶。疑う永野先生。
って、顧問としてその発言は……。
確かに朋恵は高校から陸上を始め、毎日頑張って走っている。
だが、それだけでここまで記録を短縮できるかと言えば、大きな疑問が残る。
その疑問が解けたのは部活が終わってからだ。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻