風のごとく駆け抜けて
総体3日目。
いよいよ私の出番だ。
昨日は紗耶の物音で目を覚ましたが、今日は自分の意志で朝早くに起きる。
散歩をして体をほぐすためだ。
みんなまだ寝てるので、起こさないように静かに着替え、そっと部屋を出る。
玄関まで行くと由香里さんがいた。
「あら澤野さん。今日も早いのね」
「はい。散歩して体をほぐそうと思って……って今日も?」
「ええ。昨日は藤木さんと散歩に出たでしょ」
言いながら由香里さんが外に出るので、続けて私も外へ出る。
よく考えたら、由香里さんと2人きりなのは珍しい気がする。
今日も空気が冷たく、気持ちがよかった。
「音楽って結構体力使うのよ。だから毎日散歩をして筋トレをしているの」
「そうなんですか。色々と大変なんですね」
「いや。あなた達程では無いわよ。約一年近く、ほとんど試合の時だけとは言え、あなた達のことを見てるけど素直に尊敬するわ。そう言えば、澤野さんって随分とすごいのね。綾子が昨日寝る前にべた褒めしてたわよ。見てて安心出来るとか、安定性は抜群だとか言ってたわ。まぁ、お酒も入ってたけど」
言われて私は照れてしまう。
こう言うのは、他人を通して聞くと嬉しさよりも恥ずかしさが先に来るのだと、この時初めて理解した。
一瞬、「期待を裏切ることなく今日の1500mも優勝してみせます」と言おうとしたが、なんだか自信過剰に思われそうなので黙っておいた。
そして1500mの予選が終わった時、言わなくて正解だったと感じる。
女子1500m予選は全部で3組あった。
各組4着までと4着以下記録の良かった上位3名が決勝に進出する。
1組目には昨日800mで優勝した貴島由香が登場。
彼女は終始3位の位置をキープし、決勝進出を決める。
ラスト1周はしきりに後ろを見て、流しているような感じだった。
2組目を走った私は、対照的に最初から最後までトップを走り続ける。
決勝のことを考え、体力を温存しつつも、ある程度はリズム良く走ることを心掛ける。
それでも4分33秒12が出たので、やはり調子は良いようだ。
この分だと決勝はしっかりと走れるかもしれない。
誰にも言ってないが、私の中では今回大きな目標があった。
えいりんが熊本県選手権で出した4分19秒44を上回ること。
あの時、一瞬だけあの走りになら負けても良いと思った。
でもえいりんには、外から走る姿を見たからだろうと言われた。
今なら分かる。えいりんの言う通りだ。現に今は、あの記録を抜いてやると思っているのだから。
「ちょっと予選で飛ばし過ぎじゃないの?」
ゴール後、トラックの端っこでスパイクを脱いでいると、1組目を走った貴島由香が私の所へやって来る。
そう言えば、中学の時は一度も話したことが無いが、いつのまにか貴島由香とも仲良くなっていた。
「そう? これでもまだかなり余裕あるけど。そっちこそ、もうちょっと速くてもいいんじゃない? 『着順で入ればいいや』くらいの走りだったけど」
「無茶苦茶言わないでよ。この予選で4本目なのよ。一昨日の800m予選、準決、昨日の決勝。体中ガタガタよ。まぁ、『1500mは6位以内で良い』って、阿部監督に言われてるから気持ちは楽だけど。てか、澤野さん。今のままだと優勝決まりじゃない?」
貴島由香が笑って言った直後だった。
「野田川高校の清水さんを先頭に400m。400mの通過は70秒。70秒であります」
そのアナウンスに私と貴島由香はトラックに眼をやる。
400mを70秒と言えば1500mを4分27秒くらいのペースだ。
もしかしたら、さっきの私よりも400mの通過は早いのではないだろうか。
現に先頭を走る清水と言う子は2位と30m近い差を付け、独走していた。
そのままのペースで先頭が私達の前を通過する。
「あれ? 澤野さん。よく見たら、あれ清水千鶴だよ。懐かしい。プログラムを見た時は気付かなかった」
島由香は興奮気味に語って来るが、正直私は名前を言われても分からなかった。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。
「澤野さん、清水さんが誰か分かって無いでしょ?」
貴島由香に突っ込まれてしまうも、私は苦笑いするしかなかった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻