ひねり
みんなの視線が痛い!
僕はやってないって!
転地天命!!やってませんからっ!
どうしたらいいのか分からず頭の中は真っ白。
困惑状態の僕を乗せた電車は、駅のホームに入って行く。
「ほら!早くー!こっち!降りてよ」
もうただ彼女にされるがまま、なんとも情けない僕は、電車からホームに引きずりだされた。
そして、僕の乗っていた車両の人々からの冷た~い視線が車窓から僕に刺さりつつ、電車は、次の駅へと発車し、消えていった。
毎日通過しかしないホームに、現在、僕の意思とは関係なく立たされている。
無実の罪をべったりと擦りつけられて…。
このままではいけない!放心状態のままでは、この最悪の状態から脱出できない!
とりあえず僕は、痴漢なんてやっていないんだから。
僕を犯罪者への扉へと導こうとしている女の子へと、弁解を試みることにした。
「わ、悪いけど僕は、何もしていない。君の勘違いだ!と、とりあえず次の電車で僕は会社に行くから!勝手に勘違いされて、め、め、迷惑だよ!」
シドロモドロしながら弁解する僕を、キョトンとした彼女の大きな瞳が僕を見据えている。
「なにが?何をしていないの?ん?え??」
「え?な、何がって…その…僕は痴漢なんてしていない」
彼女は、突然笑い始めた。
「やだーぁ。何それ?違うよ。れで、おじさんを降ろしたんじゃないよ~」
違う?違うの?はー良かった…。
ケラケラと笑う彼女に、肩の力が抜けて大きく安堵の息。
ほっと胸を撫で下ろしはしたけれど…。
25歳の僕におじさんはない…気がする。
てか、じゃぁ一体なんで僕は、電車から降ろされココにいるんだ?
それも朝の忙しい通勤時間。これでは会社に遅刻しちゃうじゃないか!!
ムッとした僕の顔を見た彼女は
「あ、怒ってる?」
悪びれた感じも無く問いかける。
怒らない奴がどこにいるって言うんだ?このこちょっと変だ。
「私、この電車に乗って約1年3ヶ月ちょい。まあ、夏休みとかは乗ってないんだけど…
その長~い間、おじさんを観察してたのね、おじさん毎日毎日電車で本を読むわけでもなく、
車内刷り広告見るわけでもなく、メールするわけでもなく、ただただボーッとしてさ、マジに毎日面白くありませんって顔してんの。それも毎日よ!」
はぁ?なんだその台詞は?全くもって余計なお世話だとしか言いようが無い。
電車でどんな顔しようと、どうしていようと本人の自由だし関係ないだろう。
無言の態度を肯定と受け止めたのか彼女は続ける。
「こうなると、なんて言うのかな~。このおじさんの毎日をいつか、私がひねりを加えてやろうとか思っちゃう訳ですよ」
は?何を言っているんだこの子?
「ひねり?なんだいそれ?意味分からないし、僕はこれでも毎日ちゃんと生活しているんだ!
君の言う、その変なひねりなんて加えて欲しくないよ」
僕の中で、なにかスイッチが入ったのか、女子高生相手に、大人気なく感情的に言い放ってしまった。
「なんだ、おじさんでも感情的になるんだね」
「え?」
そう言われて気が付いた。
今までの26年間。僕は感情的になった事があっただろうか?
親に反抗したことも無く。
と言うか、反抗するの面倒だし…。
そして、無気力に過ごした学生時代。
会社に入ってからも、ただ営業のノルマをなんとなくこなし…
今付き合っている彼女も、友達の飲み会で知り合って、なんとなく気に入って付き合い、結婚もまあ、そろそろしないと親も煩いからまぁいいかなーなんて思い…。
僕の毎日は、なんとなくの投げやり状態。
自分の意思も殆んど主張せず、投げやり無気力。
感情的にになった自分に驚きながら、今までの自分を振り返ってみるとなんとも情けなくなり、ホームのベンチにガックリと力なく座ってしまった。
彼女は、そんな僕の横に座って、ぼくの顔を覗き込む。
「おじさん…どうかしたの?せっかく感情的になったと思ったら急に落ち込んじゃってさぁ」
「……。僕の人生ってなんだろうと思ったら力が抜けた」
「暗~っ。だからね、ひねりが大切なんだってば」
彼女は、鞄の中から、色とりどりのシールでデコレーションされた自分の携帯電を、僕の顔の前にグイグイと押してくる。
「おじさんこれ貸してあけるから」
カラフルな携帯を見つめれば、彼女はニカッと笑う。
「おじさんに、これからひねりを入れてあげるから。今日は会社休みなよ。ほらほらっ」
強引な彼女の意気込みに押され、僕は、会社に体調が悪いので休ませて欲しいと連絡をいれた。
上司には、特に嫌味を言われるわけでもなく、お大事にと言われただけ。
あっさりしたもんだった。