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(続)湯西川にて 36~最終回

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(続)湯西川にて (38)バス停の10分間

 北は会津まで続いていく山間の道を、
南に向かって鬼怒川温泉まで下っていくバス停で無言のままに
並んでいる人影は、3つです。
ボストンバッグを小脇に抱えた俊彦。日傘をさした伴久の女将。
その女将にしっかりと小さな手を握られ、麦わら帽子を真深に被ったまま、
何故か、額から一筋の汗を流しているくせに、緊張を隠して、
おすまし顔をしている響の3人です。


 「あら、まぁ・・・・うっかりいたしました。
 お土産を用意したはずなのに、
 すっかり忘れてフロントへ置きっぱなしです。
 俊彦さん。少しの間、この子をお願いします。
 響。少しの間、お利口だからお兄ちゃんとここで待ってて頂戴ね。
 はい、俊彦さん。色白の響が陽に焼けないように、
 この日傘もついでですが、よろしくお願いしますね」

 日傘を押しつけると女将は背中を見せて、ホテルの向かって歩き始めます。
日傘を手にした俊彦は少し距離を詰め、背中を丸めて響のために
日傘の日陰をつくります。
上から覗きこんだ響の頬には、麦わら帽子からもう一筋、
キラキラと光る汗が、するりと滑り落ちていきます。

 「とっても暑いねぇ。響ちゃん。・・・・ん、どうしたの。
 そっちの方向に、何か有るのかな・・・・?」

 まっすぐに見つめている響の視線の先には、初夏の風に揺れている
売店の氷ののぼりと美味しそうなソフトクリームの看板の絵が立っています。
食い入るような見つめている響の瞳が、嬉しそうに
キラキラと輝いています。

 (ソフトクリームが欲しいのかな?。
 そりゃあ、そうだ。たしかにこの陽気だもの、
 それにしても美味しそうだ)

 「食べるかい?」

 俊彦を見上げる響の目が、さらに嬉しそうに大きく無邪気に輝やきます。
しかしその喜びは、たったの一瞬で終わります。
次の瞬間に、何か大切なことを思い出した響の顔は、にわかに曇り、
顔はあわてて地面へとうつ向いてしまいます。


 「あれ?、どうしたの・・・・」

 日傘をさしかけたままの俊彦が、急いで、
響の目の高さまで腰を落とします。
うつむいて哀しそうな顔をしている響を、俊彦が、優しく覗きこんでいます。

 「どうしたんだい?。 アイスクリームを食べると、もしかしたら、
 何か困る事でも有るのかな?」


 「ママに、しかられる・・・・」

 「そうか・・・・、
 ソフトクリームを食べると、君は、ママにしかられるのか・・・・
 そうだよねぇ。
 響ちゃんのママって、どんな人なの?
 どんなお仕事をしている人かな・・・・
 怒ると、そんなに恐い人なのかな?」

 「恐く、ありません。
 でも名前や、お母さんのお仕事を聞かれても、
 教えてはいけないと言われています。
 伴久の女将さんが、絶対にそれだけは、駄目って言ってます」

 
 「君は、お利口さんだね。その通りだ。
 無理なことを聞いたお兄ちゃんのほうが悪かったね。ごめん、ごめん。
 さて、それではどうしょうか・・・・困ったねぇ
 この暑さだもの。やっぱり、冷たいアイスクリームが食べたいよねぇ。
 響ちゃん」

 「うん・・・・」
 
 「でもさぁ食べたら、ママは厳しくて怖いんだろう・・・・
 まいったねぇ。じゃあ、こうしょうか。
 お兄ちゃんが、大きなソフトクリームをひとつだけ買うから、
 それを二人で食べようよ。
 大きすぎて、一人じゃとても食べきれないもの。
 お手伝いをしてくれるだろう。
 それならママも、きっと怒らないだろう。
 良いかい。その方法なら」


 響がコクンと、小さな顔で頷きます。
俊彦が売店に向かって歩き出そうとすると、響が、俊彦に向かって
小さな両手を差し出します。
「抱っこ」小さな声ですが、俊彦にはたしかにそう言っているように
聞こえました。
「甘えん坊だね。君は、意外なことに」お安い御用だよと笑いながら、
小さな両手をしっかりと受け止め、俊彦が片手で響をヒョイと抱きあげます。


 「あれれ、予想外だねぇ・・・・以外に重いんだね、君は。
 あははは。可愛いレディに体重の話なんかしたら、
 たいへんに失礼な話だね。
 ごめん、ごめん。」


 嬉しそうに貼りついてくる響を抱っこしたまま、俊彦が売店まで歩きます。
しっかりと俊彦の首にまわした響の両手からは、今日もいつもと同じ懐かしい石鹸の、あのシャボン玉の甘い匂いが漂ってきます。
売店では、先ほどから二人の様子に気づいていたおばさんが、
人の良さそうな笑顔を浮かべたまま、俊彦たちが近づいてくるのを
待ち構えています。