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(続)湯西川にて 36~最終回

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 「これが・・・・
 25歳になった、私のほんとの素顔。
 右も左も解らない少女が、15歳の時に湯西川へやって来て、
 芸者修行をはじめて、あれから、あっというまに10年という月日が
 経ってしまった。
 俊彦には、内緒のままに生んでしまった私の響も、
 もう今年でまる3歳になる。
 私生児にちかい子供を産んでしまったことで、
 私自身も、少しばかりの肩身の狭い人生などを送っているけれど、
 響は、私よりも、もっと重いものを全身に背負って、
 これからの長い人生を生きていくことになるんだわ。
 本当に、これでよかったのだろうか・・・・
 こうなることが、どこかで解りきっていたはずなのに、
 すっかりと覚悟を決めて、気丈に歩いてきたつもりの道なのに。
 私の心の中には、なぜか晴れないものが、
 いつまで経ってもつきまとったままだ。
 心が晴れる日は、どこまでいってもきっと、無いのだろうなぁ・・・・」


 清子が立ちあがり、女将が用意をしてくれた洋服を手にします。
薄いピンクのブラウスに、同じ色合いのふわりとしたスカートが手の中で
舞いあがります。

(いまどきの25歳の女の子は、こんな色合いの、
 可愛い洋服などを着るのかしら・・・・)

大きな姿見の中に、洋服をまとい今まで見たことのない清子が、徐々に
出来あがっていきます


 (素顔のままでは俊彦さんには失礼すぎますが・・・・
 今夜だけは、できるかぎりの薄化粧に、やっぱりとどめておきましょう。
 私ったら、いつのまにか素顔で生きることさえ、
 どこかで忘れかけていたようです。
 こんなにも、まったくの素顔に近い自分の顔も、
 たまにはいいでしょう・・・・
 でもさぁ、もう25歳だというのに、まだ25歳の女のままの自分が
 こんなふうに、ひっそりと何処かで生きていたんだ。
 女将さんが、また、あの別館の特別室を用意してくれたという意味は、
 もう一度、気丈に構えて俊彦の背中を押し、また次の目標へ
 送り出してやれ、と言う・・・・きっとそう言う意味なんだろう。
 私たちはまた、再びあの特別室で、2度目になる別れを、
 誓い合うことになる。)


 着替えを終えた清子がバックヤードを逆戻りして、重い扉を押し開けると
別館へ向かうホテル内の通路を歩き始めます。


 途中で横切りはじめたロビーには、夕食を終えた客たちが、
思い思いに椅子を占領して、手入れの行き届いた中庭などを見ながら、
歓談にふけっています。
少し華やいだ雰囲気を放つ洋服姿の清子ですが、それでも静かに通り過ぎていく姿に注意を払う人などは一人もなく、ロビーには、普段と同じ
いつもと同じ空気と時間だけが、いつものように漂よい続けています。


 角を曲がった処で、前方から顔なじみの客室係のひとりがやってきました。
「わたしに、気がつくかしら・・・・」清子がつとめて冷静を装い、
息をひそめます。
顔をあげなるべく普通を装い、ドキドキしながら、客室係とすれ違います。
宿泊客たちにすれ違うたびに一様に見せる、丁寧なお辞儀だけを残して、
客室係が、急ぎ足のまま清子の横を通り過ぎていきます。


 (湯西川は、きわめて深い人情の町だ。
 15歳で初めて此処へやって来た時から、多くの女たちに支えられて
 私は今日まで、なんとか生きてくることができました。
 湯西川は、働く女たちが支え合っていきる街だ。
 響と私の二人で、何が有っても生きていこうと決めた街だ。
 こんなところで、私が泣いてしまっていたのでは、
 響も、俊彦も、女将さんも、置き屋のお母さんさえも、誰一人として、
 助からなくなってしまうのは、もう目に見えている。
 今度もまた私は、笑顔で、大好きな俊彦へ、強い言葉でサヨナラを言う。
 ごめんねぇ、響。私はどこまでいっても、悪いお母さんだ・・・・
 せっかくのチャンスなのに、また、響から、父親を遠ざけてしまう。
 それでいながら、私は、女将の好意に甘えて・・・・
 性こりも無く、私はまた今夜だけ、ひとりの女にもどる)