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(続)湯西川にて 36~最終回

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(続)湯西川にて (37)さようならの前夜


 俊彦が、二週間にわたる静養を終え明日は桐生へ帰ると決まったその夜、
女将は俊彦の部屋を変え、あらためて別館「嬉し野」の部屋を
用意してくれました。
別館に有るこの特別室には、4年前の少しばかり切ない思い出が
残っています。


 (この部屋で、俺たちは別れ話をした・・・・
 もうあれから4年が経った。早いもんだ)


 ちょうどその頃、お座敷へ呼ばれていた清子が
いつもの時間に支度を整えて「今晩は。本日もお世話になります」と、
笑顔でロ―ビーへ到着します。
いつものようにカウンターへ到着の挨拶へ顔を出した清子を、
女将が笑顔で出迎えます。
形にはまったいつも通りの挨拶などがすむと、なぜか今夜にかぎって
「今日は、私が」と案内係を差し置いて、女将が清子の前に立ち、
部屋への案内をはじめます。


 とりあえずエレベーターに乗ったものの、何故か、
2階で停止をさせてしまいます。
「今日は、ここで降りましょう」と、先に立ち、呆気にとられている
清子を尻目に後ろを振り返りもせず、さっさと歩き始めてしまいます。
エレベーターを停めた2階には、大宴会場と、和と洋風のふたつの
レストランが有るだけで、清子が呼ばれていくような、小宴会場やお座敷などは見当たりません。

 仲居たちが忙しそうに駆け抜けていく通路を進み、従業員たちの姿が
消えるのを待ってから女将がバックヤードへ入るための、重い金属の
ドアを開けます。


 バックヤードとは、ホテルの裏側に造られている、
特別の通路のことを指していて、特定の目的や役割を果たすための
特殊な空間のことです。
従業員たちの通路として使われるほか、季節によって取り替えるための、
膨大な備品や丁度品、美術品などを大量に保管する場所として活用が
なされています。 
一般客からは決して見ることができない、ホテルの秘密が
たくさん隠されている場所のひとつと言えるでしょう
迷路のような通路を何度か曲がると、2階にある女将専用の控えの部屋へ
たどり着きます。


 「本日のお座敷は、私が行って努めます。
 清子の代役を、この女将の私が勤めると言えば、
 誰も文句などはいわないでしょう。
 あら、なにをぼんやりと突っ立ているのさ、あんたは。
 はやく、この洋服に着替えて頂戴。
 あんたのサイズに合わせて用意をしたつもりだから、
 文句を言わずに着替えてね。
 着替えが終わったら、そのまんま、
 なにくわぬ顔をして、俊彦君が待っている別館の特別室へ行くんだよ。
 芸者姿のあんたには見慣れているはずの、うちの従業員たちも、
 洋服に着替えてしまったあんたなら、
 そう簡単に気づかれることもないだろう。
 響は、今夜は私の部屋で、朝まで寝かせておくから安心してください。
 久し振りに私も、響と朝までゆっくりと添い寝などができそうで、
 今から楽しみさ。
 じゃあね、今夜は勝手ながら、そういうことで段取りをいたしました。
 でもねぇ・・・お座敷のお相手なんか、ずいぶんと久し振りすぎるから、
 もう、すっかりと、舞いなどは忘れてしまった気がします。
 途中でとちったその時は、仕方がないから、
 笑って誤魔化すことにいたしましょう。
 女は、生まれた時から、笑顔と度胸で勝負をするもんだ。
 あっはっは」

 女将が笑い声を残したまま、立ち去って行ってしまいます。
鬘(かつら)をおろし、着物を脱ぎ落とし、清子が芸者の白化粧を
落とし始めます。
鏡の向こう側に居る自分の瞳が、白い化粧が落とされていくのにつれて、
なぜかしら。少しづつ潤んでいくのが解ります。
自分の顔が素顔に近づくにつれ、さまざまな想いが清子の頭を
よぎりはじめます。
芸者としての白化粧がすっかりと落ちたところで、
忙しく動いてきた清子の手が、ついに、ぴたりと停まってしまいます。