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(続)湯西川にて 36~最終回

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 (へぇぇ、今日に限って、女の子が呼んでいる。
 不思議なこともあるもんだ・・・・)

 そう思いつつ、俊彦が渓谷へ下る道を、足元を気にする様子も見せずに、
軽快なステップを踏んで、軽い足取りでかけ下っていきます。


 「あら。もうすっかりと、楽に歩けるようになったご様子です。
 こちらから拝見をしていても、ずいぶん安心して見ることが
 出来るようになりました。
 やはりお若い方は、すこぶる回復が早いようです」

 「薬師の湯と、渓谷沿いを歩いてきたリハビリのおかげです。
 女将さんのアドバイスのおかげで、ようやく先が見えてきました。
 だいぶ楽になりましたので、そろそろ次に向かって
 始動したいと考えています」

 「次の予定を、もう決められたのですか?」

 「桐生へ戻り、蕎麦屋をはじめます」

 「明快ですね。
 また思い出しましたら、ぜひまた湯西川を訪ねて下さい。
 響ちゃん。
 お兄ちゃんは、まもなく生まれたふるさとの、桐生へ帰るそうです。
 少し残念ですが、仕方ありませんねぇ・・・・
 この子。響と言いますが、女たちばかりで育ててきましたもので、
 男の人には、少しばかりの人見知りなどをいたします。
 普段はとても利発で、明るく、気の利く、いい子なんですけどねぇ。
 ねぇ、響」


 コクンと、響が女将に向かって頷いています。
手にしたシャボン玉の器へストローを挿し込むと、それを小さな口にくわえ、
いつものようにシャボン玉を吹き始めました。
小さなシャボンの玉が、一斉に現れます。
川面を渡る風に乗って一斉に川下へ向かって流れはじめ、ひとしきり
キラキラと輝やいたあと、虹色の煙を残して、ひとつずつ壊れて
消えていきます。


 「いつのまにか、覚えてしまった一人遊びです。
 シャボン玉が大好きなんです、この子は。ねぇ、響」


 「・・・・女ばかりで育ててきたという意味は、
 もしかしたら、この子には、父親が居ないという意味なのでしょうか」


 「温泉街には、実にいろいろな出来事などが、日々にわたって発生します。
 華やかに見える温泉街ですが、ホテルや旅館の女将や従業員たちを始め、
 土産物屋さんや飲食店などで働く、たくさんの女性たちの元気と
 笑顔によって、日常が支えられています。
 女性たちが頑張っているその舞台裏には、
 いろいろなドラマなどが、実はたくさん隠されているのです。
 でもそれ以上の詳しいことなどは、私に質問をしないでくださいね。
 この小さな少女も、湯西川温泉のために頑張っている、
 女性の一人が産んだ、ちょっと訳を抱えた子供の一人です。
 なんだかんだと複雑な事情を抱え込んでいても、湯西川の女たちは
 みんな逞しく、協力をしあいながら生き抜いていきます。
 困っていれば女たちはいつでも集まるし、子育ての応援くらいなら
 いつだって喜んでいたします。
 あら、私ったら・・・・余計なことまで、おしゃべりのしすぎです。
 もう帰りましょう、響ちゃん。
 お兄ちゃんに、また明日、お会いしましょうと
 ご挨拶をして下さい」


 響がはにかんだまま、ぺこりと小さく頭を下げています。
背中を見せ立ち去っていく女将の身体を、元気よくスキップで一周を
したあとに、もみじのような手で、俊彦へ「さようなら」を
してくれています・・・・