小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

(続)湯西川にて 36~最終回

INDEX|1ページ/8ページ|

次のページ
 
(続)湯西川にて (36)かずらの橋


 湯西川温泉は、栃木県を代表する温泉地の一つ「鬼怒川温泉」の
奥座敷などとも呼ばれています。
日光国立公園内にある湯西川の渓谷に沿って、旅館や民家が立ち並ぶ景観を
持つこの温泉地の歴史は古く、400年以上の昔に平家の落人たちによって
発見されたと伝えられています。


 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす・・・」


 世に知られた平家物語の冒頭部分です。
栄華の限りを尽くした平家の一族は、壇ノ浦の海戦で源氏の軍に敗れた後、
ちりぢりとなり日本各地を敗走します。
湯西川温泉のある栃木県の栗山村には、この地の他にも、
川俣や奥鬼怒などに、やはり似たような平家の落人伝説が残っています。


 特に落人たちによって発見された湯西川温泉では、
端午の節句は一日遅れて祝う。鯉のぼりは上げない。鶏は飼わないと
いった風習が、今でも根強いままに継承をされています。
鶏は、ときの声をあげるからという理由で飼うことができません。
また落人たちは、初めは霊峰鶏頂山(川治温泉の東)に逃れて
暮らしていましたが、男児が生まれた喜びのあまり、鯉のぼりを上げたところを源氏方に発見され、命からがら、この湯西川まで落ち延びてきたという
逸話が残っています。


 俊彦が伴久ホテルで静養を始めてから、すでに2週間余りが経ちました。
今日も公衆浴場「薬師の湯」から戻ってくると、伴久ホテルの手前に
架けられているかずら橋のたもとで、いつものように女の子を遊ばせている
女将の姿を発見しました。

 かずらによって編まれたこの「つり橋」は、敵に発見された時、
いち早く立ち切り、難を逃れると言う役割を担っています。
何度修復を経ても、現代風の橋に架け替えられることは無く、いまだに
当初からの趣きを保ったまま、落人の里の象徴として渓谷に残されています。


 吊り橋の上から声をかけると、先に、小さな女の子が反応をしました。
切れ長の黒い瞳が川の底から、まっすぐに俊彦を見あげてきます。
黒目がちで切れ長のこの少女の目が、ふと、誰かに似ているように
思えてきました。
(どこかで、これと同じような光景を見たような、覚えがある・・・・)
俊彦の胸の奥には、いまでもこの河原で見た、実に懐かしい思い出が
消えることなく今でも鮮明に、ひとつの光景として残っています。


 20歳になったばかりの芸者の清子と一緒に暮らすことになった、
最初のきっかけが、このあたりの場所から生まれています。
お座敷帰りの清子が、夜風に吹かれて酔いを覚ましていたのは、かずらの
吊り橋から見下ろすことができるこのあたりの遊歩道です。

 橋の上から声をかけると、清子が『降りておいで』と、手招きをします。
すこしばかり呑み過ぎていて苦しそうな清子が、かるく帯をゆるめてから、
橋を見上げ、切れ長の黒い瞳で、はにかみながらも『早くおいで』と
ほほ笑んでいます。


 「今日は、芸者の私にとっての最初の記念日です。
 5年余りの置き屋暮らしから解放をされて、
 ようやくアパート暮らしが許されました。
 はい、これをあなたに・・・・アパートの鍵。」

 
 借りたばかりのアパートの鍵を、無理やり清子から手渡されたのも、
やはり、このかずらの橋から見下ろすことが出来る、このあたりの河原です。


 (まさかなぁ・・・・切れ長の目が、ただ似ているだけのことだろう。
 よく似ていると言えばそれまでだが、実際に、
 そんなことが有る筈が無い・・・・)


 頭をよぎる清子とのそんないきさつと思い出を、無理矢理に
振り払うかのように頭を振ると、俊彦がもう一度、
吊り橋から河原を覗き込みます。
もみじのような可愛い手が、下から俊彦を呼んでいます。
何度行き会ってもこの小さな女の子は、軽く会釈をするだけで、
あとはいつものように女将の腰へ隠れたまま、少し緊張した顔だけを見せて
通り過ぎて行くという日々ばかりが続いていました。