*レイニードロップ*
*
「おねーさんは、おにーさんの恋人さんなの?」
「あはは、違うよ。そうだな、乃木崎くんは僕の奴隷なのさ」
「スイ、奴隷さん知ってるよ! なんでもお願い聞いてくれる人!」
「スイちゃんは賢いねー。その通り、乃木崎くんは僕の言うことに絶対服従なのさ」
ソファに腰かけていた部長が、ニヤニヤしながら振り返ってくる。
どうにか事情を飲み込んでくれた部長は、僕がシャワーを浴びてくる間にすっかりスイと仲良くなっていた。
「つーか、誰が奴隷ですか。子どもに変なこと教えないでください」
「でもあながち嘘でもないだろう? あ、でも、今日は勝手に帰られたんだっけか」
「……コーヒーです。スイちゃんは、ココアね」
「わー、おいしそー! おにーさん、ありがとー!」
喜ぶスイを見ながら一口コーヒーをすする。喉をくだる熱さが、体を温める。
「で、まあ家出したスイちゃんを乃木崎くんが拾ったというのは、よしとして、どうするんだい、これから」
「どーも、こーも。どーしよーもないですよ。親が帰ってきたら、正直に説明して、一晩だけ面倒見てやるってことに、なんじゃないですかね」
「それで、乃木崎くんの親御さんは信じてくれそうかい?」
「信じてもらったところで、警察に保護してもらえって言われそうですけどね」
「いいのかい?」
「……だって、それ以外できないじゃないですか。悪いことじゃ、ないでしょーよ」
スイが、それを望んでいるかどうかは、別にして。
こくんと一口ココアを飲み喉を鳴らしたスイを、部長が振り返る。ぷはぁ、とマグカップから口を離したスイは、口の周りにココアの茶色いヒゲを付けてにこにこと笑う。
「ねえ、スイちゃんは、どうしたい? まだおうちには、帰りたくない?」
試すように尋ねる部長に、スイは笑顔を崩して、心底嫌そうに顔をしかめる。
「やだ! おうちに帰ったら、おとーさんに怒られるもん! スイ、おにーさんと一緒がいい!」
「そっか。乃木崎くんは、奴隷さんだからなんでも言うことを聞いてくれるからねえ」
「僕は奴隷じゃありませんってば。そうは、言ってもなぁ……」
どうしたもんかと、悩む。もう両親が帰ってくるまで時間もあまりない。
ふと部長の顔を仰ぐと、口元に微笑を浮かべていた。いかにも怪しげな、何か楽しそうなことを企んでいる笑みだ。僕には嫌な予感しか感じられないけれど。
「ねぇ、乃木崎くん。そういえばすっかり忘れてたけれど、僕、君に言っておかなきゃいけないことがあったんだよ。そのために、わざわざ君の傘を届けに来てあげたんだよ」
「……なんのこと、でしょう?」
多分無駄だろうと思うんだけれど、とぼけてみる。
「明日の準備、まだ終わってないよね? っていうか、終わってないのに、帰っちゃったよね?」
「……はい」
「今日は、文化祭の準備って名目で申請すれば学校に泊まってもいいらしいよ? スイちゃんも一緒にこっそり泊まらせることは出来ると思うけれど、どうだい?」
僕に選択肢はなかった。どうせスイがいなくたって無理やり連れてくつもりだったのだ。
「……準備してきますから、その間にスイに変なこと吹き込まないでくださいよ」
「りょーかい! スイちゃん、今日は僕たちの学校で、お泊り会だ!」
「お泊り! おにーさんと、一緒?」
「そう。おにーさんと、おねーさんと一緒だ! 三人で、川の字になって寝よっか!」
「やった! おとーさんのところ、帰らなくていい!」
やけに嬉しそうなスイや部長を横目に、僕は大きく、息をついた。
作品名:*レイニードロップ* 作家名:古寺 真