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*レイニードロップ*

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 ジャアジャアと、風呂場からはシャワーの音が聞こえてくる。合間によく響くスイの歌声。ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷ……。
 家には、まだ両親は帰っていなかった。うちは共働きなので、どちらも帰ってくるのが遅いのはいつものことだ。早くて六時過ぎといったところか。まだ帰ってくる時間じゃない。
「……どーしたもんかなぁ」
 ダイニングテーブルの椅子に腰掛けながら、ぼんやりぼやく。
 スイを先にシャワーをさせ、僕はとりあえず制服からジャージに着替えていた。まだ髪の毛は濡れたままだ。
 両親が帰ってくるまでにスイを家に帰してやることは、現状、不可能に思えた。
 本人に帰る気がない以上、住んでる所だって教えてくれない。時間を置いて気が落ち着いてから話を聞いてやるべきなのだろうけど、どうやってその時間を置いてやるか。やっぱり、出来れば一晩寝かせてやるのが一番なのだろうけれど。
 僕だって、そんなに暇じゃない。明日は土曜日だけれど、学校に行かなくてはいけないのだ。明後日の文化祭の準備がある。本当なら、見ず知らずの少女に構っている余裕なんてない。
「……あー……どーしよーかなぁ」
 今度はスイのことだけじゃなくて、もう一つのことも含めて呻く。そうだった。文化祭の準備が待っているのだ。それを思い出して、憂鬱な気分に襲われる。
 ピンポンとチャイムが響く。わざわざチャイムを鳴らす以上、両親ではないだろう。近所の人か、宅配便か。面倒だけれど出るしかない。
「はーい。今出ますよー!」
 半ばヤケに叫んで答え、玄関へ向かう。
「どちらさまですかー」
「ああ、乃木崎くん。僕だ」
 ドアの向こうから帰ってきたのは聞き慣れた声に、思わず僕は凍りつく。
「まさか、僕の声を忘れただなんて言わないよね? 僕だよ僕、写真部の部長にして学校一の美少女、佐々木(ササキ) ミサキだよ」
「いや、自分のこと美少女とか……え、なんで来てるんですか」
「忘れ物だよ、乃木崎くん。傘を部室に置いたまま、帰っただろう? こんな雨じゃあ、びしょ濡れになったんじゃないかと思ってね。まぁ、いささか遅すぎたかもしれないけれど。とりあえず、乃木崎くん、ドアを開けてくれないかい?」
「……今開けますよ」
 渋々ドアを開くと、やぁ、と部長はいつもの微笑でそこに立っていた。学校一の美少女と自称するのも、まあ分からないでもない。実際、ミスコンでも開いたらほぼ間違いなく、部長が一番になるだろう。人が可愛いと思うツボを良く抑えている人だった。
「ほら、君の傘だ。あんなに雨が降ってるのに傘を忘れるだなんて、君はドジっ子だな。髪の毛もびしょびしょじゃないか」
 傘を僕に差し出しながら、部長はくっくと笑う。
「それで、傘を持ってきてくれた先輩にかける言葉はないのかい?」
「ありがとうございました。用事はそれだけですかね。シャワーしたいんですけど」
「ああ、悪いタイミングだったかな。でも君、もう制服は着替えているみたいなのに、まだシャワーをしてなかったのかい?」
 言われて、自分の格好に気付く。確かに、普通ならシャワーをしてから着替えるものだ。
「それに――」
 と、部長の視線が下に落ちる。そこにあったのは、明らかに子どもサイズの、スイの青い長靴。部長は僕が一人っ子であることを知っている。
「ッと、それは――!」
 慌てて誤魔化そうとした、時。
「おにーさん。シャワーありがとーでしたー」
 なんて間延びした間の抜けた声が、背後から聞こえてくる。
「……乃木崎くん、君……」
 部長の視線が刺す痛みを必死に無視して、僕は振り返る。
 そこには、シャワー上がりのスイの姿があった。せめてタオルの一枚も巻いておけばいいものを、素っ裸で頭をタオルで拭きながら、スイはきょとんと首を傾げた。
「えっと、おにーさんの、おねーさん?」
「……惜しいね。まあ、得てして、間違ってないけれども」
「いや、全然違いますよ。っていうか部長、これは、その」
「ああ、いいんだ、乃木崎くん」
 どうにか言い訳ができないものかと悪足掻いてみた僕の肩に、部長はトンと手を乗せる。悟りきったような、綺麗な笑顔で。
「僕は自分が信じる芸術のためなら多少の犯罪を犯しても構わないと思っている。ただ、最後はちゃんと、自首するんだよ?」
「ち、違うんですってば!」
 多分、現時点で僕は、世界で一番言い訳がきかない状況に追い込まれていた。
作品名:*レイニードロップ* 作家名:古寺 真