*レイニードロップ*
*
僕がシャッターを切ったのをきっかけにするように、世界は再び動き出した。
トンと着地した少女はフードをかぶり直して、不思議そうにきょとんと首を傾げて振り返る。
「おにーさん、誰?」
「えっと、通りすがりの、高校生……です」
ふぅん、と少女は納得したような、してないような顔でもう一度僕を見つめる。
「おにーさん、ずぶ濡れー」
「えっ? あー、そうだね。傘、持ってきてなくって」
「えー、傘ないんだったら、かっぱさん着なきゃ。あまがっぱー!」
クスクスと笑って、少女はくるくると回る。まるで自分の着ている服を見せびらかすモデルみたいに。ただの青いレインコートが、少女にはとても似合っていた。
「……あっ、でもスイも髪の毛びしょびしょだ! かっぱさん着てるのに、なんで?」
ガーン、と擬音が見えそうなほど少女はショックを受けた様子を見せる。スイというのが、少女の名前だろうか。
「えっと、さっきジャンプした時に、帽子が脱げちゃったんじゃない……かな」
「あーっ! そっか、そーだ! どーしよう。スイ、濡れたままじゃ風邪ひいちゃう!」
「それじゃ、早くお家帰らなきゃ、だね」
家路を促された少女は、さっきまでの元気さを一気に潜め、不機嫌そうな顔を見せる。
少し嫌な予感が、脳裏を過る。このくらいの子どもが一人でいるってことは。
「もしかして、迷子?」
「違うよ! スイはもうお姉さんだから、迷子になんかならないもん!」
「あー……ごめん、ごめん。じゃあ、本当に早くおうちに帰らなきゃ。雨も凄いし、もうすぐ夜になっちゃうし。お父さんとか、お母さんとか心配してるよ」
時間は、五時を少し回ったところだろうか。この天気だから、もう外は暗くなってきている。
「うー……嫌だ。お家帰りたくない」
「帰りたくないって……じゃあ、もしかして家出とか?」
僕の質問に、スイは黙ってコクリと頷く。やっぱり、嫌な予感が大的中だ。
「ックシュ!」
不意に、スイがくしゃみをする。
「……寒いの?」
「ちょっと、ぶるってなった」
僕の方がよっぽどびしょ濡れだけれど、スイもスイで長い髪の毛がすっかり濡れている。お互い早く体を暖めないと風邪をひくどころじゃ済まなそうだ。
「どこか、行くところあるの?」
「……ない」
「だったらうちに来なよ。シャワーくらいなら貸してあげるから」
びっくりしたように顔を上げるスイだけれど、びっくりしたいのはこっちの方だ。考えなしに、一体僕は何を言っているんだ。
スイはほとんど考える間もなしに、ぱぁっと顔を明るくする。
「本当ッ? やった! おにーさん、いい人だ! あ、スイは、スイっていうの。おにーさんは?」
まるで無防備なスイは、僕が悪い奴かもしれないだなんて微塵も疑っていない。実際、別に何も企んじゃいないけれど。
はぁ、とため息一つ。全く、先が思いやられる。
「僕は、コウ。乃木崎(ノキサキ) コウ。えっとね、スイちゃん。もう少し人を疑った方がいいよ」
「……はい?」
僕の言葉に、スイは、やっぱり分からない、という風にきょとんと首を傾げてみせた。
作品名:*レイニードロップ* 作家名:古寺 真