*レイニードロップ*
*
「……よし、先生たちはいないね。今の内に行こう」
廊下を確認した部長に続いて、出来るだけ姿勢を低く、静かに部室を後にする。スイを連れて移動する以上、先生に見つかるわけにはいかない。
スイをお父さんに見つけてもらう方法は、『高い所でスイが踊ること』だった。そうやって、スイはここにいるよと、教えるらしい。本当にそんなことで効果があるのかと疑いもある。けれど、ここまで来たらスイを信じる以外に方法はないのだ。
僕らが向かっているのは一番身近な『高い所』、つまり屋上だ。
写真部の部室は二階。校舎は四階建てだから、三階、四階を登っていかなきゃいけない。
階段に差し掛かったところで先頭の部長が足を止め、僕とスイも慌てて立ち止まる。
静かに耳を澄ますと、コツ、と階段を登ってくる足音が聞こえてくる。恐らく、先生のものだろう。僕らの下校を確認しに来たのかもしれない。
どちらにせよここで見つかるわけにはいかない。少なくとも、スイと一緒に一人は付いていかなくてはいけない。
「……仕方ないね。予定通り、僕が足止めをしよう。屋上の鍵は、乃木崎くんに預けるよ。一応、内緒で作った合鍵だから、後で返してほしいな」
「ありがとうございます、部長」
「いいよ。まあ、どれだけ出来るかは分からないけれど、スイちゃんのために頑張るよ」
僕に鍵を渡すと、部長はスイに向かいその頭に手を置く。
「スイちゃん、たった一晩だったけど、楽しかったよ。また会えたらいいね」
「うん。おねーさん、ありがとう。スイ、今度はトランプ絶対に負けないから」
「分かった。またトランプしようね」
よし、と一言、部長は階段に向かう。
僕は最後に一度だけその背を見て、スイと一緒に急いでその場を立ち去る。この階段がダメとなると、反対側の階段から屋上に登らざるを得ない。部長が先生を食い止めている間に、さっさと屋上に行かなきゃいけないのだ。
「行こう、スイちゃん」
スイへ手を伸ばし、僕は振り返る。
「うん」
と一言、僕の手をとったスイの瞳は、真っ直ぐ、揺らぎなく僕を信じていた。
作品名:*レイニードロップ* 作家名:古寺 真