*レイニードロップ*
*
天気職人、だなんて聞き慣れない単語に、僕は部長と顔を合わせる。
「スイちゃんのお父さんが、この雨を降らせているって?」
「スイがここにいるから、お父さんはスイのことを探してずっと雨を降らしているの。どうしよう、スイのせいで、おにーさんやおねーさんのお祭りが、中止になっちゃう」
部長を振り返る。苦い顔を浮かべていた部長は、距離を縮めて僕の耳元に囁く。
「……乃木崎くん。まさかとは思うけど、信じてるのかい」
「信じるって、言いましたから」
小声で答える。疑って当たり前だ。僕だってまだ半信半疑、いや一信九疑くらいか。信じろというには、空想的過ぎる。けれど、僕はスイと約束したのだ。
「スイちゃんはあっちの方から来たって、言ってたよね」
いつかスイが指差していた方を、僕も指差す。それは山の方を指していたように思っていたけれど、今にして思えば違う。
コクンと、スイは頷く。
「スイは、お空から来たの」
スイが指していたのは、あの空の彼方だった。山ではなく、あの空から降りてきたのだ。
理解が追いつかない。信じたいと思うけれど、頭が否定する。そんなファンタジー、あるわけがない。だけど現実に、目の前の少女の瞳が信じてと言っているのだ。
「……じゃあ、スイちゃんをお父さんが見つければ、この雨は止むの?」
「違うところに行くの。お父さんは、本当はずっと同じ所にいちゃいけないから」
昨日から雨が降りやまないのは、本来移動するべき雨雲が不自然に移動していないからだと聞いた。スイを探してこの街の上に留まり続けているというなら、納得できないではない。
「……スイちゃんは、お父さんのところに帰りたい?」
僕の質問に、スイは黙る。スイは、お父さんと喧嘩をして家出してきたのだ。
家出まではしたことがないけれど、僕だって親と喧嘩をしたことくらいはある。そういう時は親と顔を合わせづらいものだ。自分が悪かったとしても素直に謝れるものじゃない。
だけど、この雨を降り止ませる唯一の方法は、スイがお父さんのところに帰ることだという。そのために、僕はスイをお父さんのところに帰してもいいのだろうか。
何がスイのためになるのか、悩む。スイがどうしたいのか。帰りたいのか、それとも、まだ帰りたくないのか。
スイが、ゆっくり顔を上げる。
「スイは、きっとおにーさんのところに来ちゃゃいけなかったんだと思うの。まだスイは子どもだから、お父さんのところにいなきゃいけないなのに、スイがわがままを言って家出なんてしてきたから、こんな大雨になっちゃった。……ごめんね、おにーさん、おねーさん」
「謝る必要はないよ、スイちゃん」
しょぼんとうなだれたスイに、今まで黙っていた部長がおもむろに返す。スイのもとに歩み寄り、ぎゅうと抱きしめる。
「スイちゃんのおかげで、救われた人もいるんだ。スイちゃんが来なかったら、多分永遠に素直になれなかった人もいるんだ。スイちゃんは、何も悪いことなんかしてないよ」
「……おねーさん?」
「お父さんと喧嘩するくらい、何も悪くないよ。家出するくらい可愛いもんさ。でも、次はお父さんにちゃんと自分の気持ちを言ってみな。そうしたら、きっとお父さんもスイちゃんのことを分かってくれるさ」
ね? と笑って、部長は言う。そうして、どうだ? みたいな顔で僕を振り返る。
全く、部長はいつもいいところを持っていってしまう。
部長がスイを放したのを見て、僕はスイに尋ねた。一番、大事な核心について。
「それで、どうしたらスイちゃんのことをお父さんは見つけてくれるの?」
作品名:*レイニードロップ* 作家名:古寺 真